失恋旅行 1

『・・・当機はあと10分程で那覇空港に着陸致します』

 キャビンアテンダントのアナウンスが流れると、周りの空気が少し変わった気がした。
 でもその中で一人、あたしの気持ちだけは沈んだままだ。
 段々と高度を下げていく飛行機の中で、あたしは一人窓から景色を眺めていた。
 目下に広がる水色の海を見ると東京から遠く離れた地に来てしまったのだと再確認する。
 平日にも関わらず、羽田からの飛行機はほぼ満席だった。お年寄りの夫婦、賑やかな家族連れ、バカンスを楽しみに来た大学生等、皆これからの旅に心躍らせていることだろう。
 沖縄に到着すると、東京よりも気温が高いようだが、湿度は低くカラッとしていた。その代わり、照りつける太陽は強く弱っている私の体から水分を次々と奪っていく。
 那覇を中心に走るモノレール、「ゆいレール」に乗り那覇の中心地まで行くと、若者や旅行客達が街中に溢れ返していた。子供頃、家族旅行で沖縄に来たことはあるのだが、ほとんど記憶になかった。再びこんな形で来ることになろうとは誰が想像できただろう。

 ホームページに載っていた地図を頼りに、これから泊まる旅館へと足を進めていく。
 近くに来ているのは確かなのに、地図が雑なのかあと一歩のところで旅館が見つからない。仕方なく、道を行くおばさんに尋ねてみる。
「すみません、琉球の風っていう旅館を探しているんですが…」
「ああ、それならそこにあるさー」
「あ、ほんとだ、気付きませんでした。ありがとうございます」
 旅館を見て少し、いやかなり落胆してしまった。とても小さい建物で、入り口には沢山の靴が雑に並べられていて、これが旅館?と疑ってしまうような雰囲気があった。
 受付では高校生ぐらいの少年が漫画を読んでいて、だるそうにちらっとこちらを見た。
「すみません、インターネットで予約した木村ですけど…」
「…ここに名前と住所書いて下さい」
「はい」
「料金は前払いになってますけど、何泊しますか?」
「じゃあ、とり合えず2泊…」
 3000円を払い、教えてもらった2階の部屋へと向かった。
 この建物を見てから決して期待はしていなかったが、部屋に入った途端唖然としてしまった。そこは3畳あるかないかのとても狭い部屋で、トイレは勿論風呂やテレビさえも備え付けられてなかった。
 他の部屋を覗いて見ると、2段ベッドが沢山並んでおり、ドミトリー形式の部屋のようで雑然としていた。
 旅の疲れもあって遠出する気力がなく、夕食は近くのコンビニで軽食を買ってきて済ませた。
 残ったおにぎりは朝ごはんに食べることにしよう。袋に名前を書いて、1階にある共用の冷蔵庫に入れておいた。
 お風呂は共用のバスタブのないシャワールームを不満を覚えながら使った。
 きちんとしたホテルに泊まるとバイトで貯めた貯金がすぐに底をついてしまうだろう。しかしここにずっと留まることを考えると・・・。
 あたしは初めての一人旅なのに、落ち着いて泊まれる場所も見つからず、心細い思いをしていた。やっぱり一人でなんて来るんじゃなかった。佑太が一緒に来てくれたらどんなに心強いか――。
 今更あんなヤツのことを考えても仕方ないのに、思い出さずにはいられない。

                     ◇ ◇ ◇

 翌朝、9時過ぎに起きてご飯を食べて身支度を整えると、1階の狭いロビーに向かった。古びたソファーに座って観光情報誌を読みながら、これからの行く末を考えることにした。
 リュックを背負ってどこかへ出かける人もいれば、朝帰りしたかのような女性もいた。
 ぱらぱらと雑誌をめくっていると、一人の女性が傍に近付いてきた。
「こんにちは」
「…こんにちは」
 細身で茶髪のギャル風の女性があたしに話しかけてきた。手にはコンビニの袋を持っていたので、どうやら朝ご飯を買いに行っていたのだろう。
「一人?」
「はい。計画立ててなかったから、どこ行ったらいいか分かんなくて」
「そう。じゃあ、後で案内するよ?」
「いいんですか・・・?」
「いいよー。どうせあたしも暇だから」
 彼女はにっこり笑って言った。
「ありがとうございます」
「じゃあ、30分後にまたここに来るからそれまで待ってて」
「はーい」
「あ、そうだ。水着持ってきなよー。いいビーチ知ってるから」    
 案内してもらう約束をしたものの、素性の知らない人について行ってもいいものだろうかと少し心配になった。でもどうせ自棄になって沖縄まで一人で来たのだ。失恋した辛さに比べたら、もう何が起こっても怖くない。

 50分を過ぎて、その女性は再びやってきた。
「ごめん、遅くなって」
「ううん」
「アシになってくれる友達がなかなか見つからなくって」
「車で行くの?」
「そうだよ。こんな暑い中歩いて出かけてられないって」
「そうだね…」
 近くの通りに出て、そのアシになってくれるらしい子を二人で待っていた。
「そういえば、名前聞いてなかったね。あたしは絵里」
「あ、あたしは彩加。よろしくお願いします」
 互いに自己紹介し合った。
「あはは。敬語なんて使わなくていいよー。どうせ同い年くらいでしょ?」
「20歳の大学生だけど、そっちは?」
「大学生かぁ。あたしは22歳でフリーターしてたよ。今はプーだけど」
「じゃあ2歳年上だね」
「大したもんじゃないから、絵里って呼んでいいよ」
「ありがと。じゃ絵里も彩加って呼んで」
 話を聞いていると、絵里は1ヶ月前までは名古屋でアルバイトしながら生活していたことが分かった。ここに何故長い間住んでいるのかは知らないけれど、何か訳が
 当たり障りのない話を5分程していると、絵里の友達が車でやって来て、ビーチまで乗せて行ってもらった。名前は‘あい’というその女性は、小麦色に焼けて沖縄の空がよく似合っていた。

 ビーチに到着するとその海の綺麗さに思わず声をあげた。
 たまに訪れる関東の海水浴場とは比べ物にならない、遠浅で透き通った海の中で思う存分楽しんだ。
 2時間程経って泳ぎ疲れたので、ビーチパラソルを借りて3人で休むことにした。
「はぁ、疲れたー。でも沖縄の海って最高。何だか遠い外国に来てるみたい」
「一度ここを見たらもう東京には帰りたくなくなるでしょ。まあ、沖縄育ちのあいには見慣れてるかもしれないけどね」
「そんなことないって。あたしだって沖縄の海は一番綺麗だって思ってる」
 都会と違ってここでは時間の流れがゆっくりな気がする。時間に追われて、人ごみをすり抜けながら電車に駆け込む必要もない。
「そういえばさー、絵里は何でここに住んでるの?」
「え?」
「いや、聞いちゃいけなかったかな・・・」
「別に大した理由はないからいいよ。現実が嫌になって、気付いたらここに来てた・・・。彩加はどうして?」
「へえ、あたしもそんな感じだよ」
「沖縄は現実逃避の地ねー。ここで生まれ育って働いてるあたしはどうなるのよ」
 たばこを片手に一服していたあいさんが口を挟んだ。
「あはは、あい、ごめんね」
 自然が豊かなこの地でしばらくのんびりしていれば失恋も癒されるような気がした。しかし、現実に戻った時に適応できるかどうか少し不安ではある。
「そうだ。今夜3人で飲みにいかない?」
「いいね」
「行きたい!」
 あいさんの提案で居酒屋に行くことになった。
 沖縄に来てすぐに、こんなに世話してくれる人が見つかるなんて思いもしなかった。  あたし達はもう一泳ぎすると、シャワーを浴びて、沖縄の海と空を眺めていた。


 夕方になるとあいさんが電車で沖縄料理の居酒屋に連れて行ってくれた。
 そこは地元のおじさんや観光客らしき若者達が沢山いて、人気の店のようだった。
 メニューが分からずに困っていると、絵里とあいさんがお勧めを選んで注文してくれた。美味しそうな香りをさせながら、次々と料理が運ばれてくる。
「うさがみそーれー」
「なに?」
 あいさんが何か言ったが意味が全く分からない。
「沖縄弁で召し上がれってことだよ」
 絵里が教えてくれる。
 まずはニガウリの天ぷらをさっそく食べてみた。
 サクサク・・・
「ん?苦いけど美味しい!」
「でしょ」
 沖縄の名物であるゴーヤちゃんぷるー、グルクンのから揚げ、ソーキそば等をお酒と共に堪能した。
「美味しいし、しかも安いね。こんなの東京じゃ食べれないよ」
「ここにいる間にいっぱい食べていくといいさ」
 3人ともほろ酔い気分で、盛り上がった。正直言うと、あたしはあまり酒に強くないのに泡盛を2杯飲んだので、かなり酔っ払っていたのだが…。

 うつらうつらしていると、後ろからぽんぽんと肩を叩かれた。
 振り返ると、そこには知らない男が立っていた。近くにいる2人の男性もこちらを見ている。
「あ、失礼。あいちゃんじゃなかったか」
「やっと来たかー」
 彼らはどうやらあいさんの知り合いのようだ。
「ごめんね。あたし明日仕事だから迎えを呼んだの。あ、この人はあたしの彼氏」
「どうも、初めまして」
 紹介された男性は、スーツを着たサラリーマン風の真面目な感じの人で、あいさんの彼氏にしてはちょっと意外だと思ってしまった。
「じゃあ、先に帰るねー。食事代は払っておくから」
「え!?そんな、悪いですよ」
「いいから、いいから。じゃあ、今度奢って」
 あたし達は今日のお礼を言うと、あいさんは彼氏さんと一緒にさっさと帰ってしまった。
 あいさんがいなくなった後、最初は4人で話していたが、一人の男性と絵里がいい雰囲気になったので、自然と私はもう一人の男性の相手をすることになった。  

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