失恋旅行 2
          
 翔(ショウ)という名のこの男性は、2年前に神奈川から沖縄にやって来て、現在は近くのダイビングショップで働いているらしい。彼はとても気さくな青年で話が上手で、多分女の子と沢山遊んでいるだろうなと感じた。
 酒の勢いもあってか、沖縄に来たいきさつ等を彼に話してしまった。
「ね、この後うちの店に来て飲まない?」
「絵里も一緒に?」
「違う。彩加ちゃんだけね」
「…それって誘ってるの?」
「もちろん」
 悪びれた様子もなく、その真っ直ぐな目を見てドキンと鼓動が高鳴った。
「もう十分酔ってるのは分かってるでしょ。あたしこれ以上無理…」
「じゃあちょっとドライブに行くだけ。だめ?」
「・・・それなら別にいいよ」
「やった」
 酔っている女性が男性に誘われてのこのこと着いていけば、最終的にどうなるかぐらい分かっている。
「俺達そろそろ帰るから。絵里ちゃん達ゆっくりしてって」
 翔さんはそう言うと、財布から1万円を取り出して机の上に置いた。
「二人で行くの?」
 絵里がとろんとした目をして尋ねてきた。隣の男に飲まされて相当酔っ払っているようだ。
「そう」
「彩加やるじゃん」
「そいつ手早いから彩加ちゃん気をつけてね」
 絵里の相手をしていた男性が冷やかした。
「ここで待ってて。車とってくる」
 少しすると翔さんが車でやってきて、助手席に乗せられてそのままダイビングショップに向かった。
 走り出すと振動が心地良くて、すぐに眠りについてしまった。今の状況は男にとってはとても都合が良いだろう。

「彩加ちゃん、起きて」
 翔さんに肩を叩かれて気付くと、既に目的地に着いたようだった。
 2階建ての店の中に入ると1階はダイビング機材が沢山置いてあった。
「ほんとに働いてたんだ…」
「はは。嘘ついてると思ったの?」
「そんなことはないけど」
「着いてきて。暗いから気をつけてね」
 翔さんに誘導されて階段を上がって行くと、2階には小さな和室があった。
「トイレはそこを出たところね。あ、先にシャワー浴びてくる?」
 先にとはどういうことなのだろう…。何だかカップルがラブホテルに入ってする会話のようだ。やはりそういう行為に持ち込もうと思っているのだろうか。
「いいって、着替え無いから!」
「大丈夫。男物の下着とTシャツがあるからそれを着たらいいよ。明日になったら俺が旅館に行って荷物取ってくるから」
「男物って…。全然大丈夫じゃないし」
「心配してるの?」
「当たり前です」
「何もしないから。さっぱりしてから寝たいでしょ?」
 確かに、このまま寝ると朝になって気持ち悪い状態で起きるのは確実だ。汗をかいて肌はべた付いていたし、たばこの匂いも髪の毛や服に染み付いていた。
 翔さんに促されてシャワーを浴びることにした。
 シャワーを浴びるとトランクスと短パンとショートパンツを履き、上にはTシャツを着た。サイズが大きくて、何だかすーすーして落ち着かない。
「布団敷いたから先に寝てて。シャワー浴びてくる」
「うん…」
 まだ私が不安げな顔をしていたのか、翔さんは笑顔でこう言った。
「一緒には寝ないから安心して。俺は1階のソファーで寝るよ」
「分かった。ありがとう」
 バタンとシャワー室の戸を閉める音がして、シャワーを浴びている音を途中まで聞いていたが、翔さんが出てくる前に眠ってしまった。

                     ◇ ◇ ◇

 目を覚ますと辺りはしーんと静かで、携帯の時計で確認するとまだ4時過ぎだった。塩辛いつまみを食べたせいか、酷く喉が渇いていた。
 1階に降りて翔さんを探していると、ソファーの上で毛布を掛けて寝ていた。
 起こすのは悪いと思ったけれども、水が欲しくて堪らない。
「翔さん…」
 小さな声で名前を呼んでみた。
「…ん?どした?」
「ごめんね。喉渇いちゃって」
「・・そこに冷蔵庫があるから中に入ってるの適当に飲んでいいよ」
「ありがとう」
 小さな冷蔵庫を見つけるとミネラルウォーターを取り出して飲んだ。 冷たい水が体に染み渡っていく。
「ありがとう。沖縄の人って優しいね」
「俺は関東生まれだけどな」
 関東・・・と聞いて、現実を思い出してしまった。
「…ねぇ、あたしもうダメかもしれない…。何しに来たんだろう」
「どした?無理やり連れてきてごめんな。旅館に早く帰ろうか?」
 翔さんは心配そうにあたしを気遣ってくれた。
「別に、それはいいけど。・・・浮気されるってことはあたし、ダメな女なのかな…」
 まだ忘れられない元彼氏のことを思い出すとふいに涙が溢れてきた。
「気の済むまで泣け」
 ソファーから起き上がった翔さんはあたしを優しく抱きしめてくれた。
 気持ちを抑えることの出来なくなって翔さんの腕の中で声を上げて泣いた。
 その間翔さんはずっとあたしの背中を優しく撫でてくれていた。筋肉質な大きな手でそうされていると段々体の芯が熱く火照ってくる。心地良くてずっとこのままでいたいと思った。翔さんの胸が涙でぐしょぐしょに濡れている。

「落ち着いた?」
「うん」
「さあ、2階に戻って寝な」
 翔さんに言われたが、このまま一人で寝るのは寂しい気がして、あたしは誘ってしまった。
「翔さんも一緒に寝よ?」
「え?あんなに警戒してたのにいいの?」
「うん。もう大丈夫になったから」
 2人で布団に入って寝ようとしたが、同じ布団にショウさんがいるせいで緊張して眠ることはできなかった。
「ふふ。翔さんって意外と真面目なんだね」
「何?俺ってどういう風に思われたの?」
「すぐに手出すのかと思ってた」
「ばーか。そりゃ、ダイビングに来た可愛い子達を見たらエッチしたくなるけど、実際にはしないよ」
「ふーん。でも一緒に寝てるのに何もないなんて、やっぱりあたしに魅力がないのかな」
「・・・そんなことないよ。ほら、言いにくいけど、今だってこうなっちゃってるんだから」
 翔さんはあたしの背中に近づくと、腰の辺りを押し付けた。その感触で勃起してるんだって分かって、あたしの女の部分が疼いた。
 彼の切なそうな吐息を感じて胸がきゅんと切なくなってしまい、あたしもふぅっと息を吐いた。翔さんがすぐ隣にいる状態で、朝まで我慢できるだろうか。
「襲わないから安心して眠っていいよ」
・・・彼は本当にあたしの気持ちに気付いていないのかな。
「べ、別にいいよ」
 どうせ恥かいたってすぐに東京に帰っちゃうんだし、思い切って気持ちを伝えてみた。
「あたし翔さんになら抱かれてもいい」
「へ?」
 翔さんが驚いたような声を出した。
 ・・・もしかして変な女だって思われてしまった?
 早く何か言ってよ・・・
 「ありがとう」って優しく言ってくれて終わるなら、その方が自分にとって良いのかもしれない。でも翔さんはそう言ってくれなかった。
「いいのか?そんなこと言われたら俺、最後までしちゃうよ?」
「…いいよ」
「ちょっと待って。アレとって来る」
 タオルケットをがばっと剥ぐと急いで1階に降りて行った。 アレとはどうやらコンドームのことだろう。息を切らして階段を走って登ってきた。
 ゴムを持ってるってことは誰かと使ってるのかもしれないと思ったが、怖くて聞くことができなかった。
「そういう所はちゃんとしてるんだ」
「当たり前だろ。男の義務だ」    

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