すれ違い 1

 ここは都内のあるファーストフード店。
 来月高校を卒業する永瀬綾乃は、 告白の返事を聞くために店に向かっていた。
 告白相手は綾乃の塾の講師で守山幸太。
 年齢は23歳ぐらいで塾では一番若くて人気がある。
 綾乃が店に入ると、守山は窓際の席に座って何かを飲んでいた。
 今日の綾乃はオシャレをして、メイクもこの日のために雑誌を見て研究を積み重ねた。

「こんにちは」
 ドキドキしながら守山の方へ行くと、
「まさか受かるとは思わなかったよ」
 皮肉な言葉が返ってきた。
「ひど!塾の先生が生徒にそんなこと言っていいんですか?」
「もう受験終わったからいいの」
 綾乃が席につくと、守山は気を遣ってタバコの火を消してくれた。
 守山は今日もスーツ姿なので、仕事帰りで疲れているかもしれない。
 綾乃は早々と話を切り出すことにした。
「あの・・・去年の5月頃、あたしが先生を待ち伏せして言ったこと覚えてますか?」
「ああ・・・?」
 守山が斜め上を見ながら考えている。
 ここで覚えてないと言われたら、どうすれば良いのだろう。
「覚えてるよ」
「ほ、ほんとに?」
「永瀬が大学に合格したら、付き合う、だろ?」
「うん!それで・・・付き合ってくれるんですか?」
「いいよ」
 綾乃はテンションが上がり、椅子から立ち上がりそうになった。
「ほんと!??付き合うの意味分かってるんですか?友達としてじゃないよ・・・」
「あのな・・・。18歳の子供に言われなくたって分かってるよ」
 こうして、めでたく綾乃は守山と交際出来ることとなった。
 憧れの塾の先生と付き合えるなんて、同級生と付き合うよりも確率は遥かに低いだろう。
 上手く行き過ぎて何かおかしい感じもしたが、綾乃は気にしないように努めた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇   

 それからの守山と綾乃は、休日に映画を観に行ったり食事に行ったり、清い交際を続けていた。
 付き合って1ヶ月が経った頃、綾乃はふと足りないものに気がついた。
 守山とはまだエッチどころかキスもしていないのだ。
 早く処女を捨てたいと考えている訳ではないのだが、ドラマやマンガでのキスシーンを見る度に不安は大きくなった。
(もしかしてあたしの事そんなに好きじゃないとか・・・)
(あたしに魅力がないとか・・・)

「あたし、先生の家に行きたい」
 ある日、綾乃は思い切って守山に告げた。
「・・・いいけど、何も面白くないよ」
「いいのいいの」
 ついに守山の家を訪れる日が来た。
 綾乃の気合は十分だった。
 バイトして自分で買った薄ピンクの可愛い下着を身に着けている。
 駅から徒歩で10分程にあるアパートに案内された。
「お邪魔します・・・」
「あんまり期待するなよ。散らかってるからな」
 綾乃は初めて入る男性の部屋に、少しオドオドしながら足を踏み入れた。
 想像していたよりは片付いていたが、雑誌や教材などが床に無造作に置かれていた。
「適当に座って」
 綾乃は机の傍に座ったが、きょろきょろして落ち着かない。
「永瀬、緊張してるのか?」
 守山は綾乃をじっと見つめて言った。
「え?し、してないよ。そうだ。あたし、観たいDVD持ってきてるんだけど、いい?」
「いいよ。単調な映画なら、寝るかもしれないけど」
 それは今話題の恋愛系の映画だった。 実は綾乃は一度見ているが、守山と一緒に観れば良い雰囲気になるかもしれないと思い、わざわざ持参してきたのだ。

 映画が始まると、意外にも守山は真剣に観ている様子だった。
 綾乃はラブシーンがある度に一人でドキドキしていた。
 人が行き交う街角で、男女が絵になるような素敵なキスを交わすのを、綾乃はうっとりしながら見ている。
「ふーん。これが女子が好きな映画か・・・」
 守山はコーヒーを飲みながら涼しい顔をして観ていたが、ふと綾乃の方を向いて言った。
「永瀬、お前・・・キスしたいのか?」
「!?」
 考えていたことを言い当てられた綾乃はあたふたし、声が裏返ってしまった。
「な、何で・・・!」
「したいんだ・・・?分かりやすいヤツだな」
 守山はニヤッと笑って言った。
「何言い出すのよ、急に・・・」
 真っ赤になってそっぽを向いた綾乃を守山は可愛いと思い、もっとイジワルしたくなった。
「へえ、じゃあ止めようっと」
「え!?何を?」
「キス」
「う・・・」

 綾乃はからかわれた上に、キスもお預けになってしょんぼりしていた。
 どんどん落ち込んでいくのが目に見えたので守山は謝った。
「ごめんごめん。じゃあさ、永瀬はどんなシチュエーションでキスしたい?」
「えっ?」
 綾乃は少し考えていたが、恥ずかしそうに語りだした。
「そうだなぁ・・・。二人っきりの時に、何かこう・・・ムードが高まった時に自然とするのがいいかも」
「ふーん」
「夜景が見える観覧車の中とかいいかもしれ・・・」
 言い終わらないうちに守山は綾乃を抱き寄せた。
 守山の唇が綾乃に重なり、力強いキスを落とした。
 唇をついばみながら潤いを与えられると、綾乃の心臓は甘い痺れを起こした。
「俺の部屋じゃ嫌?」
 守山は唇を離すと囁いた。
 放心状態の綾乃はしばらくして、黙って首を横に振った。
「それより、もう俺は永瀬の先生じゃないんだから名前で読んだら?」
「名前って下の?」
「ああ。呼んでみ?」
「こ、こうた・・・」
 名前を呼ぶだけで真っ赤になっている・・・。
 塾では生意気で口は達者な生徒だったが、所詮18歳の小娘だ。
「綾乃ってほんとウブだね。夜景が綺麗な観覧車だっけ?今度行こうぜ」
「う、うん!」
(あたしの名前、初めて呼んでくれた・・・!)
 初めての家デートは綾乃にとってドキドキしまくりだった。
 一方で守山の方は、綾乃に告白され面倒だと思いながらも何となしに付き合ってしまった訳だが、綾乃の新鮮な反応に次第に心惹かれていくのを感じた。

 次の週には約束通り、夜の観覧車へ乗りに連れて行ってくれた。
 ゴンドラに乗ると、綾乃は守山の向かい側に座った。
「行ってらっしゃーい」
 係員がドアを閉めると、二人を乗せたゴンドラがゆっくりと昇っていく。
ガタンガタン・・・
 高い所が苦手な守山はゴンドラが揺れる度に、秘かに怖がっていた。
 綾乃の方は、狭い密室の中で守山と2人きりになり落ち着かない様子だったが、景色が見渡せるようになると緊張は解れていった。
 大観覧車の頂上からはレインボーブリッジやディズニーランド、新宿の高層ビル等が一望でき、綾乃はまるで夢の世界を見ているような気分になった。
「わぁー!めちゃくちゃきれい〜!」
「そうだな」
 綾乃の無邪気に喜ぶ様を、守山は温かい目で見守った。
「この中に、沢山の人が生活してるんだね・・・。こう見ると人間ってちっぽけな存在だなって思う」
 綾乃はドラマのヒロインになったかのように、完全に酔いしれているようだ。
「満足した?」
「うん。もうここで死んでもいい」
 綾乃にとって、両想いの彼氏と観覧車に乗ることは一大事なのだ。
「大げさなやつ・・・」
 呆れた口調で言うと、守山は綾乃の隣にそっと移動した。
「死ぬ前にまだやることがあるだろ?」
「え?何?」
 外を見ていた綾乃が守山の方を向くと、守山の顔が迫って来た。
 綾乃は目を閉じて身を任せた。

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