Please teach me!!  2 (関連作品:当直室での秘め事

 帰りはさんの車の助手席に乗せられ、気まずい雰囲気のまま窓の外を眺めていた。
 どうやら熱中症で倒れた私を、彼が一人で病院に運んでくれたらしい。
「あの・・・診察代は今は手持ちにないけど、後で返しますから・・・」
 保険証も持ってなかったから、高い診察代を覚悟しないといけない。今月の生活費大丈夫だろうか・・・。
「別に知り合いの病院だから、いらないよ」
 さんはフッと笑って言った。そんなはした金は必要ないとでも言うように聞こえたのは、都合良く考えすぎなのかな?
「え?でも・・・」
 ここは素直に甘えてしまっていいのかなと少し悩む。

「それより、貴重な俺の時間を台無しにしてくれたんだから、高くつくぞ」
 冷たい声で言われたもんだから、私はすっかり怯えてしまった。
 や、やっぱり怒ってるんだ・・・。
「すみません・・・」
 私は小さく縮こまって謝ることしかできない。
 うわー、病院に連れて行ってもらってこんな事を思うのは失礼だけど、松田さんにでも助けてもらった方が良かったかな。
「あの・・・幾らですか?」
 一体どんな金額を請求されるのかヒヤヒヤしていると、この男は私をさらに凍りつかせるようなことを言った。
「金はいらねえよ。そうだな、身体で払ってもらおうか・・・」
「う、嘘!?それは無理です・・・」

 絶体絶命のこの状況。どこか怪しい場所に入られる前に、信号待ちの時にでも車から飛び出てやろうかと考えていた。
 やばい、本気で怖い。助けてくれたのは有難いけど、身体は大切にしなきゃ!

 パニックになってきょろきょろしている私を、彼は軽く笑い飛ばした。
「冗談だよ。本気にするな」
 あのね・・・冗談でも、密室でそんな事言われたら心臓止まりそうになるよ。
「あの、お礼はいつか改めてします・・・」
 お礼と言ったって何をすれば良いのだろう。菓子折り?果物?分からないけど、今は取り合えず、この人の機嫌をこれ以上悪くしないことが大切だ。
「飯がいいな」
 片手でハンドルを切りながら、ぼそっと呟いた。
「飯、ですか・・・?」
 私はまた少し心配になってしまう。お願いだから、高級レストランなんかに行かないで下さいよ。医学科の同級生の話を聞くと、何だか凄い所に家族でディナーに行ってるらしいから。
「あんた、飯作れるか?」
「作る?」
「料理できるかって聞いてるんだよ。外食なんて飽きたからな」

 こうして私は、さんと一緒にスーパーの中を歩いていた。
 何でこんなことに・・・と自分の愚かさを恨んでいたが、どうしようもない。男の人と海に遊びに行って、浮かれていた私に与えられた試練なんだ、きっと。

 取り合えず、魚のカルパッチョとミネステローネでも作ろうかな。
 名前だけ聞くと難しそうに聞こえるが、どちらも簡単な料理である。野菜が好きで面倒臭がりの私は、ミネステローネがお気に入りだった。

 買い物が終わると、車は彼のアパートに向かった。まさか初めて部屋に二人きりで入るのが、あまりよく知らない先輩だとは思いも寄らない。
 カードキーの扉を開け、部屋に入った瞬間、私は驚いてしまった。
「うわ、広い・・・ですね」
「・・・別に普通だろ」
 私が借りている8畳一間のアパートと違い、ここは2LDKはあるだろうか。
 やっぱり医大生はお金持ちなのねぇ。なんて他人事のように感心した。
「じゃあ頼んだぞ。鍋とかそこの下に入ってるから」
 そう言うと、彼はベッドに横になりじっと動かなくなってしまった。
 今のうちに逃げることもできる。そんな考えも浮かんだけれど、私は生真面目に料理に取り掛かった。
  料理しない人には勿体ない程の広くて使い勝手の良いキッチン。
 まだ一度も使ったこともないような綺麗な鍋や食器が、棚の奥にしまわれていた。

 材料を細かく切って、オリーブオイルでじっくり炒める。一時間かけてスープをじっくり煮込んでいる間に、カルパッチョを作った。
 最後にフランスパンを切って軽くトーストすると、スープとカルパッチョと一緒にテーブルの上に並べた。
 まださんはベッドの上ですやすやと寝息を立てている。
「あの・・・ご飯できましたよ」
 彼の肩を軽く叩くと、やっと目が開いた。
 さんは、私の料理を何も言わずに黙々と食べ続けた。
 美味しくなかったのかな?
 私は彼の傍でまたも怯えながら料理を口に運ぶ。こんな緊迫した中での食事は味がしない。
「ご馳走様」
 先に食べ終わった彼は食器を流しに運んだ。
「あ、あたしがやります」
「いいよ。後で片付けとくから」

 食事が終わると、アパートまで車で送ってもらった。
 座り心地の良い、広い助手席のシート。彼氏ができたら、こんな素敵な車でドライブに連れて行ってもらうのも良いかも・・・。
「じゃあ、本当にありがとうございました」
「・・・ああ、食事まで作ってもらって悪かったな。今度お礼するから、電話番号教えて」
「え?いやいや、私が病院に連れてってもらったから・・・」
 すると、彼は急に黙りこくってしまった。
 何か気に障ること言った??
 お願い、怒らないで下さい、と祈っていると、彼は前を向いたまま予想外のことを口にした。
「飯上手かったから、また作りに来いよ」
「え・・・?そうですか・・・」
 何も言われなかったから、てっきりこの人のお口には合わなかったと思ったんだけれど。
 はっきりしない私に彼はイラついたように言った。
「ほら、早く携帯出せ」

 今日は色々あってぐったりしたけれど、変な満足感に包まれていた。
 初めて男の人に料理を作って、うまいって言ってもらえた。彼氏と長いこと付き合ってる人にとっては慣れてる事かもしれないけど、今の私にはとても嬉しかった。

『え!?あのさんちでご飯作って、電話番号交換した??』
 家に帰ると由梨から電話がかかってきて、病院に行った後の出来事を報告すると、電話の向こうで大げさに驚いていた。
「でも、何にもなかったから安心して!」
『そうじゃなくて。 さんって、2年の時に付き合った彼女と別れて以来、女嫌いになって、二人っきりになることなんてまず無いらしいよ』
「へぇ・・・でも今日はあたしが倒れたから、心配してくれたのかも」
『ふふふ・・・。これはきっと狙われてるよ。やったね、玉の輿!』
「別にあたしは玉の輿とか関係ない・・・」
 テンションが上がった由梨は、私が何を言っても聞かず、一人で気持ち悪く笑っていた。

                     ◇ ◇ ◇

 それから何度かさんに、食事を作りに来てと呼び出されることがあった。
 彼の家に行って食事を作るだけって、私はただの家政婦か・・・。まあ、彼氏のいない寂しい私は由梨や他の女友達と遊ぶ以外は、予定がなかった訳で。
 でも、たまに勉強を教えてもらえるのは有難かった。この教授はテストの時にこんな問題を出すとか、さすが上級生なりに情報を持っていらっしゃる。

 広くておっかなかった部屋も居心地が良くなってきた。
 先輩の家に行ってしまうのは、ちょっとしたスリルを求めていたのもある。大学生になったんだから、男の人と二人で過ごすことがあってもいいよね。怖くてドキドキするなら止めればいいのに。私ってマゾか・・・。
 食事作りでもいいから、誰かに必要とされていることが嬉しかったのかもしれない。
 いつの間にか、彼に呼び出されることを楽しみにしている自分に気付いた。
 私って意外と家庭的?男の人に尽くすタイプだったんだ――。

「いいなぁ、こんな広いアパートで。私の家の2倍以上あるんじゃないかなぁ」
 食事の後、お腹一杯になった私はその場に寝転がった。
「じゃあ、今日泊まっていくか?」
 隣でテレビを見ていた さんに腕を掴まれた。彼の射るような視線が私の心を捕らえ、小心者の心臓はドクンと脈打った。
「い・・いや、帰ります!」
 びっくりした。確かにちょっと怖いところはあるけれども、あんなに真剣な眼差しを向けられたら・・・。
「怖がるなよ。いちいち呼び出されるのは面倒だろ。だったら、ここに住めばいい」
「はっ?」

 今、何と言った?このアパートに住む?私が?
「いえ、別に面倒なら来ないし・・・ずっと居座るのは、いくら家政婦でも・・・」
 私は起き上がると、変に緊張して正座してしまった。
「ほんと鈍いやつだな。こうしなきゃ分からないか」
 じりじりと彼が詰め寄ってくるから、私は後ろに逃げた。しかし、ベッドに追いやられて逃げ場を失った。
 この体勢、まずい・・・。てか、襲われる!?家事だけじゃなくて肉体でも奉仕しろと?

 何とかして移動しようと思ったが、遅かった。
 気付くと、私の唇は彼のものに重ねられていた。
 身体が金縛りにあったみたいに硬直して、さらに思考まで停止して身動きできない。
 さんは私の緊張を解きほぐすように、小鳥のように優しく唇をついばんだ。

 あの時もそうだった。怖い顔をしていたが、力強く抱き上げて素早く病院まで運んでくれた。後ろのシートに私を降ろす時は優しかった。しんどくてあまり覚えていないはずなのに、目を閉じるとその光景が鮮やかに蘇ってくる。
 私は肩の力を抜くと、遠慮がちに彼のキスを求めた。
「料理作らせるのは、会いたい口実だってことぐらい気付けよ・・・」
 やっと真実が聞けた私の胸にさんの熱い想いが伝わってきて、体中が満たされた。

 彼の切ない声を、抱きしめられた感触を思い出す度に、胸の鼓動が早くなり顔から火が出そうになる。一人きりになると、今日起こった出来事を脳内で何度も反芻して、酔いしれた。
 食事は美味しいって言ってくれたけど、そんな素振り一度も見せなかったじゃない・・・。私が気付いてないだけかもしれないけど。

  さんと付き合い始めたことは、由梨以外は誰も知らない。
「どうして?言っちゃだめなの?」と聞かれたけど、彼は何故か目立つ人らしいし、別れた時とか気まずいし・・・。
 臆病な私は既に別れのことまで考えてしまう。とにかく、誰かにばれるまでは黙っててもらわないと。


 次のデートは初めて彼の家に行った時のように挙動不審になってしまった。
 キスされたから、すぐに襲われてしまうかとちょっと心配していたが、そうでもなかった。
 週末は彼の家で食事を作ったり、たまにはレストランに行ったり、普通のお付き合いをしていた。
「そういえば、の下の名前って何て言うんだっけ?」
 食事の帰りに、車の中で尋ねられる。
「え?知らなかったの・・・?」
「知ってる。・・・だろ?病院に連れて行く時確認したからな」
「だったら、聞く必要ないじゃない・・・」
 そっぽを向いたさんを見てピンと来た。
「もしかして呼ぶのに照れてるの?」
「違う。再確認しただけだよ」
 狼狽する姿が見たかったのに、あっさり否定されてしまう・・・。つまらない。
「それより、おまえは俺の名前知ってるのかよ?」
「・・・あれ、何だっけ・・・?」
 本当は知ってるのに、恥ずかしくて口に出せない。
「来週までに呼べるようにならないと、連れて行ってやらないからな」
「え?どこへ?」
「旅行行こうぜ。旅館はもう探してある」
「ほんと!?」

 初めての彼氏と二人での旅行。今まで20年間生きてきて、プライベートな旅行自体あまり行ったことがないから、楽しみかも。
「箱根の温泉に行くから用意しとけよ」
 温泉かぁ・・・。広いお風呂に、食事は海の幸、それに和室ってとこかな。これは早く名前を呼べるようにならなくっちゃね。

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