愛の夢 1 名前変換
「え?今から?」
「今日しか時間がないんだ、30分後に迎えに行くから早く支度しろよ」

 日曜の朝10時。
 からの電話で起きたは、自分の今の状態を鏡で確認した。
 昨日サークルの飲み会があったは、深夜に帰宅してから倒れるようにベッドに入って、眠り続けた。
 髪の毛はボサボサ。お酒臭さも残っているかもしれない。

 やばい、急いでシャワー浴びないと!

 一先ず風呂場に向かって、だらしない姿をリセットすることにした。
 10分でシャワーを浴び、10分で髪を乾かし服を選び、10分でメイクを済ませた。
「ふぅ……何とか間に合ったかな…」
 安堵の溜め息をつくと、玄関のチャイムが鳴り、が来たことを告げた。
 が外に出ると、ニットの帽子を被りサングラスをかけたがいた。
 その後ろには一台のワンボックスカーが停まっている。彼のお父さんが普段乗っている車だ。
「これに乗るの?」
「ああ、親父に借りて来たんだ。今日は遠出するからな」
 が助手席のドアを開けてくれて、は車に乗り込んだ。
 とドライブするのは初めてで、少し緊張する。
 ハンドルを握るの横顔を見て、は少しときめいてしまった。
「免許取ったんだね」
「車がないとなかなか昼間外に出れないしね。人気者と付き合ってるは困るだろ?」
 が言うと、は誰が人気者よーと頬を膨らませた。
 悔しいけれどが言ったことは事実だ。
 休日の昼間に電車で繁華街まで出かけようものなら、彼の存在を気付かれ次第、そこら中がパニックになるだろう。いまや若い女性だけでなく、男性からも多数支持されている俳優なのだから。
「でも紅葉見に行くなんて、観光地に行って大丈夫なの?」
 は素朴な疑問を口にする。
「ああ…?マネージャーに教えてもらった秘境の地に行くから大丈夫だよ。 人ほとんどいないって」
「ふーん…そんなところあるんだ」
 車は首都高に向かおうとしていた。
 信号待ちになり、に素早くキスをした。
「ちょっと…こんな所でだめでしょ!」
「いーじゃん。変装してるから心配するなって」
 はご機嫌な様子で、鼻歌まで歌っている。

 もうっ…あたしもキスぐらいで何ドキドキしてるのよ。処女じゃあるまいし…。

 は赤くなって窓の外を眺めた。
  の方が恋愛の経験は少ないはずなのに、付き合ってから、 に心を乱されている。仕事が忙しいから滅多に会えないのも分かっているのに、デートの後半になると思わず溜め息がこぼれてしまう。
 「じゃあまたな」と言われると、またっていつ?と尋ねたくなってしまう。
 大学内を仲良さそうに歩いているカップルを見ると、自分達の境遇を思い出して涙が出そうになる。
 共演している綺麗な女優さんを見ると自信をすっかり無くす。
 こんなはずじゃなかったのに…どうして?
 あたしはより年上で、余裕ある態度で付き合っていけるつもりだったのに。
 あたしの方が好きで仕方ないみたいじゃない。
 こんなのって悔しい。

 寂しさを隠してふざけ合っていると、だんだん車は山の奥に入って行った。
「ねえ、大丈夫?道細くなってきてるよ…他の車もいなくなったし」
「だから秘境の地なんだよ。ほら、山が紅葉してるのが見えてきただろ?」
 心配そうにしていたの目に、緑の木々の中に黄色や赤が混ざった景色が映った。
「ほんとだ…」
「もう少しだから待って」

 くねくね曲がった細い道をしばらく走ると、少し道幅が広くなった場所に車が停まった。
「着いたの?」
「ああ。降りて見ようぜ」
 二人は車を降りて前方にある山を見渡した。
 そこには赤や黄色、橙色などに紅葉した樹木が一面に広がっていた。
 紅葉の綺麗さにも感動したが、雄大な自然を肌で感じ、は歓喜の声をあげた。
「広いねぇ…何だか吸い込まれそう…」
 都会で暮らしているとすぐ目の前に人ごみやビルがある。そんな生活に慣れているにとっては、目が痛くなる程の広さだった。
「何なら降りてみるか?」
 そう言ったは、後ろからの背中を軽く押した。
「きゃ!ほんとに落ちたらどうするのよ」
「落ちないよ。俺がしっかり掴んでるから」
 は落とすふりをしただけで、の服の襟元を握っていた。
「例えが落ちたとしても、谷底まで助けに行くよ」
 は腕を胸元に回すと後ろからを抱きしめた。
 温かいの胸に背中が包まれて、は鼓動が早くなった。
が言うと、何でもドラマの中でのセリフみたいに聞こえちゃうんだよね」
「は?じゃあ、どう言えばいいんだよ…」
「知らない」
 嬉しい言葉を言われても恥ずかしくなって、は冷やかしてしまう。
 今まで何人か付き合ったことがあるけれど、こんな風に率直に言葉に出してくれる人はいなかった。
 は俳優でやっているだけあって、表現力が豊かなのかもしれない。ドラマで様々なセリフを言い慣れているため、甘い言葉を言うのを躊躇しないのかもしれない。
 それでも、自分のためだけに言ってくれるのは嬉しくて堪らなかった。
 テレビを通しての愛の言葉を聞いている人は大勢いるけれど、自分のためにこうして耳元で言ってもらえるのはあたしだけだよね。きっと。

「ふん、何と言われ様がいいもんね。俺が好きなのはだけなんだから」
 は拗ねたような口調で言うと、をぎゅっと強く抱きしめた。

 二人だけで素晴らしい景色を眺めている。
 この幸せな時間のために、は会えない間頑張れる。もまた同じだ。
「体冷えてきたな…そろそろ戻るか」
「…うん」
 の言葉には従うしかなかった。
 本当は帰りたくない。このままどこか遠くへ二人だけで旅行したい。でも多忙なには無理な話だった。
 車に乗り込んだは元気がなかった。それを感じ取ったは少し切なそうな表情をしたが、急に笑顔になり叫んだ。
「よし!弁当食べるぞ」
「弁当?」
「うちの親が作った弁当持ってきた」
 は後ろの座席から袋を取り出した。
「わぁ…嬉しい。おばさんにお礼言っておかなきゃね」
 から揚げに、鮭の塩焼き、もみじの形をしたにんじん。それに、きのこがたっぷり入った炊き込みご飯。
 美味しい…。
 折角の休日にあたし達のために作ってくれたんだ。
「うん、美味しい!…この炊き込みご飯も最高!あんたのお母さんって料理上手だね」
 は愛情たっぷりのお弁当を嬉しそうに食べていた。
 これを食べ終えたらもう帰らなきゃいけない。
 そのことを頭の隅から追い出すように、いつもよりはしゃいでいる。
「…そんなに美味いか?また作ってもらうように頼むよ」
「ほんと!?嬉しい」
 ははしゃぐを優しく見守りながら食べ続けた。

 二人とも食べ終わると、無言のまま弁当箱を片付けた。
「そろそろ帰るか…」
「うん」
 寂しがっていることを悟られないように、は笑顔で答えた。
「今日はありがとね。忙しいのにこんな所まで連れて来てもらって…」
「何?改まって。いつものらしくないな」
 が揶揄するように笑った。
 たまの休日を割いてくれて、こうして会えたことだけでも感謝しないといけないんだ。
 寂しいのを我慢するばかりじゃなくて、一人の時間を楽しみながら有効に過ごす。
 多忙な彼と付き合う人には必要なことだよね。

 車は少しずつ山を下っていく。
 下界が見えてくると、現実に戻されたような感覚になる。
 大丈夫。しばらく会えない覚悟は出来ている。
「もうすぐロケが始まるんでしょう?」
 から告げられる前には自分から切り出した。
「ああ、明日からしばらくね」
「今度はどこ?」
「今回は沖縄だね。2ヶ月位かな…まあ、東京と行ったり来たりするからずっと篭りっきりってことはないよ」
「そう…」
 は小さく返事をした。
 東京に帰ってきたとしても別の仕事があるから会えるとは限らないだろう。
 今度はいつになるんだろう。
 に気付かれないように溜め息をついたが、は元気を無くしたに気付いていた。
「疲れたか?」
「ちょっとだけ…でも大丈夫だよ」
「どっかで休憩するか。俺は疲れた」
「そうだね」
 まだ帰るまでに時間はある。
 滅多に会えないからこそ、二人で過ごす時間を楽しもうとは心に決めた。
 大学であったの面白い出来事を話し始めた。

 の話に相槌を打ちながら、どこか休める場所を探していた。
 喫茶店などがあればそこでお茶でもするかと、は思っていたのに。
 何でここへ!?

 車は怪しげな門を潜ると、ある建物に入って行った。
 一見すると、素敵なお城…なわけない。
 そこは、派手な装飾の外見で「ご休憩 5000円〜」なんていう看板が掲げられている。
「ちょっと、どこ行ってんの」
「さっき休憩するって行っただろ?」
「休憩の意味が違うじゃない」
「意味が違うって、どういうこと?俺は普通に休みに来ただけだよ」
 慌てているを見て、は口元をにやにやさせながらからかった。
「茶でも飲みながらゆっくりすればいいじゃん」
 にそう言われては渋々着いて行った。
 確かに休憩だけすることは出来るが、本来ここは男女が…。
 、一体何を考えてるの?
 の頭の中で、僅かに甘い期待がよぎった。
「へえ、ラブホってこんななんだ…すげ、ピアノがあるぞ」
 適当に部屋を選んで入ると、部屋の真ん中にグランドピアノが置いてあった。奥の方には大きなテレビとベッドが設置されている。
「ほんと!凄いねぇ」
 前の彼氏とラブホテルに数回来たことがあるだが、こんな部屋は初めてだ。
「じゃー、俺寝るから」
「え?」
 はそう言うと、さっさとベッドに入って寝てしまった。
 取り残されたは拍子抜けしてしまう。
 まさか、本当に寝るだけ?
 期待していた自分が恥ずかしくなり、は一人でいじけた。
 ジュースを飲んで、の寝顔を見ていた。
 気持ち良さそうに寝息を立てて寝ている。
 もうすぐ帰るっていうのに、こいつは時間が惜しくないのかな…?

 落胆したは、部屋をうろうろすると、ピアノの前に座った。
 暇だからピアノでも弾こう。
 こんな機会でもなかったらグランドピアノなんて弾けないんだし。
 は中学生までピアノを習っていた。高校生の時も吹奏楽部でクラリネットを吹いていたため、音楽にはそれなりに精通している。
 寝ているを気にかけてか、子守唄になりそうなドビッシューの月の光を弾いた。 嬰ハ長調の美しい旋律が、夜中にカーテンの隙間から漏れる月光を連想させる。
 気持ちいい。あたしってば結構上手じゃない。

 はここがラブホなのも忘れて演奏を楽しんだ。
 次の曲は、同じドビッシューの亜麻色の髪の乙女。
「おまえなぁ…うるさくて寝れねえだろ」
 気付くと、が後ろに立っていた。
「ただで弾いてあげてんのよ」
 は無視して弾き続けた。
「まあ、上手だからいいけどさ……俺その曲知ってるよ。何とか色の髪の毛の女とかいうやつだろ?」
「ちょっと違うけど…がクラシック知ってるなんて意外」
「前のドラマの挿入歌だったからな。なあ、あれ弾いてくれよ」
「あれ?」
が昔よく練習してたやつ。ショパンの何だっけな…」
 に言われたは考え込んだ。自分が好きなショパンの曲と言えば…
「ああ、ノクターンかな…」
 滑らかな旋律の夜想曲第2番、作品9−2はテレビ等でもよく流され、ショパンのノクターンの中でも大衆に知られている曲である。
 ピアノの発表会で演奏する曲としてが自分で選び、一生懸命練習した。教室に通うのを辞めてからも、たまに弾いていたので、楽譜を見なくても上手に演奏できた。
 は華麗に演奏するに見惚れていた。
 こうしてグランドピアノを操る彼女の整った横顔を見ていると、良家のお嬢様に見える。
 ここがラブホテルであることを考えなければ…。

 の背後から近づくと髪の毛にキスをした。
 一瞬、はピクリと反応したが、そのまま弾き続けた。
 さらにの髪の毛を耳にかけると、形の良い耳に唇をつけた。
 「あっ」と小さく声を出した
 背筋がゾクッとし、一瞬にして鳥肌が立った。
 耳朶を軽く噛んだり舌先で小刻みに舐めたりと、のピアノのリズムに合わせて優しく弄った。
 は段々弾くことよりも、に触られている場所に神経が集中するようになってしまう。
「こらっ、止め…なさい」
 頻繁に繰り返される刺激によって、複雑な部分の演奏を間違えてしまう。
「止めない。ちゃんと最後まで弾けよ」
 は容赦なくの敏感な所にキスをしたり、息を吹きかける。
 曲の終盤に差し掛かるとと、ピアニッシモ(ごく弱く)が続き、その後少しすると盛り上がりを見せる。
 は脇の下から手を差し入れ、の胸を形を確かめるようにゆっくり揉んだ。
「っ……」
 は漏れそうになる声を必死で抑えながら、高音のオクターブ奏法の箇所も乗り越え、終わりに近づいた。
 これが終わったら、と……。
 自分の体にイタズラに触っているを考えると、この後に行われる甘い行為を想像して、は下半身を熱くした。
 足の間がむずむず疼くのを堪えて、必死でペダルを踏み続ける。
「はぁっ……」
 のえっちな悪戯にも耐えて、弾き終えたは静かに息を吐いた。
のピアノは癒されるな…」
 の耳元にキスをした。
 そう言われると、一人で弾く時よりも何倍も達成感を感じては照れ笑いした。

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