3月1日 1 名前変換 
「卒業証書、森下紗希。あなたは本校において普通過程を終了したことを…」

 3年A組の代表として、親友の紗希が卒業証書を受け取り、壇上でお辞儀をしている。
 あたしはこの日が来るのを心待ちにしていた。
 学則に縛られた窮屈な高校生活から抜け出せるから?
 大学生になって、少し大人になった気分でキャンパスライフを楽しめるから?
 普通の女子高生ならそれが一番の楽しみなんだろうけど、あたしは違った。
 左前にずらーっと並んで座っている教師集団の中の一人の男性を目で追った。
 退屈そうに締まりのない顔でやり過ごしているオヤジやおばさんとは違って、真剣な顔つきで卒業生を見守ってくれている彼がいる。
 美術教師の先生。
 あたし達は半年前から秘かに付き合っている。それは紗希も含めて誰も知らない。
 この学校の教師にばれようものなら、きっと酷い批判を受けて別れさせられるだろうから、この半年は慎重に付き合ってきた。勿論、プラトニックで。
 好き合っている男と女が傍にいたら、自然とそういう雰囲気になるんだろうけど、お互いの立場を考えて、卒業するまでは一線を超えないと二人で約束した。
 式が終わって、友人達と最後に遊んで、夜には先生の家を訪ねることになっている。そこであたしは初めて先生と…。
 周りの友達が涙ぐみながら感傷に浸っている中で、あたしだけが淫らなことを考えて胸を熱くしていた。

 式の後、最後のホームルームが終わると、皆寂しさを隠しているのか教室内には笑顔が溢れていた。
 紗希の席の周りに仲良しグループの5人が集まって、談笑している。
「はー、やっと終わったね。この後どうする?ファミレスでお祝いでもして、カラオケでオール?」
「いいねー」
 行きたい…けど今日は…。
「あ、あたし夕方までしか…」
 盛り上がっている所、すまなそうに皆の顔色を伺いながら言うと、「ごめんね。あたしも夜は駄目なんだ。また今度、春休み中に誘ってよ」
 紗希もさらっと告げた。
「えー?うっそー、もしかして二人とも彼氏?」
 他の3人が口を揃えて、好奇心に満ちた目で尋ねてくる。
「さあね」
 紗希が曖昧に笑うものだから、さらに問い詰められる。
「もしかして、うちの担任と付き合ってるのー?」
「放課後、紗希が北島先生と生物室にいる所を見たって噂があるよ」
「あー、あれ…。実は皆には言えないことをやってたんだよね」
「マジで!?」
 悲鳴になりそうな声で、ぎゃーぎゃー騒いでいる。
 嘘…。紗希も先生と付き合っていたなんて。これはあたしも告白するべき? と思っていたら。
「なんて、本当はプレパラートの作成を手伝わされただけだよ。 あの人、要領が悪いってんの」
 紗希はからかうように笑って言った。
「何だぁ…つまんないの」
 3人の目に落胆の色が浮かんだ。
「じゃあ、他校にいるとか?」
「まあ…そんなところかな」
 委員長ってば、勉強はできていい大学に入れて、その上彼氏がいたなんて羨ましい!と、みんなではしゃいだ。

 夕方5時。皆でプリクラを取った後、紗希とあたしは先に抜けさせてもらった。
「紗希は電車?」
「いやー。今日は迎えが来るから…」
「へえ、彼氏車持ってるんだ?いいね」
「一応社会人だからね。こそ、彼氏は車もちでしょ…相手はいい年した教師なんだからね」
「えっ、ええっ!?」
 今、教師って言った?もしかして先生とのこと、ばれてる?
「なんてね。誰か知らないけれど、今夜お泊りするんじゃないの?アリバイ作ってあげてもいいよ」
 紗希はニッと笑うと、あたしの手をとって何かを握らせた。
「何これ……ぶっ…」
 手の中にあったものは、正方形のフィルム…が2つ連なったもの。
 通行人に見られないように、咄嗟に隠した。
「な、何でこんなもの持ってんの?」
「何でって、彼氏いるなら持っててもおかしくないでしょう?」
 真面目なはずの学級委員様はなかなかやり手のようだ。彼女曰く、自分の身は自分で守る、だそうだ。さすが、自己管理が出来ていらっしゃる。
「じゃあ、あたし、こっからN駅まで行くから。またね」
「うん…紗希が引越すまでに遊ぼうね」
 さて、あたしも急がなくちゃ!
 ご飯食べてお風呂に入って着替えて、先生の家で朝まで二人きりで過ごすんだ。
 今日は紗希のところに泊まりに行くと言ったら、うちの親は「じゃあ、安心ね」なんて、全く疑うことをしない。学級委員の肩書きの力は凄い。本性はコンドームなんて持ち歩いている、はたから見たら軽そうな女子高生なのに。

 先生と知り合えたのは、芸術科目の中でたまたま美術を選択したから。
 美術室に飾ってあった先生の書いた絵に惚れてしまい、すぐに美術部に入部した。
 彼に認めてもらいたくて、暇さえあれば部室に通って絵を一生懸命勉強した。多分、熱心で努力家な生徒だと思われていたんだろうけど、それは先生に近づくための手段だったんだ。
 昔を振り返って懐かしく思いながら、あたしはある決心を心に秘めていた。

 先生の家に来るのは2度目だ。
 前回は美大受験の特訓の際に、訪れたことがある。
 あるマンションの5階が先生の家だった。
 実は先生は、バツ1なんだそうだ。奥さんに浮気されて別れたとか、大人の事情を笑って聞かされたことがある。
 ベルを押すと、スーツから私服に着替えた先生がドアを開けてくれた。
「よく来たね、さあ入って」
「お邪魔しまーす…」
 用意してくれたスリッパを履くと、リビングまで案内された。
 二人並んでソファに座った。やばい、二人っきりで先生の部屋で過ごすなんて緊張しちゃう…。
「今日は友達と遊ぶんじゃなかったのか?」
「ん…ちょっと遊んだからもういいの。また春休み中に会うだろうし」
「そうか。まあ、早めに来てくれて嬉しいよ」
 先生はちょっと照れたように微笑んだ。あたしもそれを見ると、嬉しさが込み上げてくる。
「卒業おめでとう」
「ありがとう」
 視線が絡み合う。心が一気に甘い膜に包まれた。
 目を反らせずにいると、素早く先生の唇が重なってきた。
 1ヶ月ぶりのキス。
 小鳥のように軽く唇をついばむ先生。
 何度も繰り返されるキスに酔いしれたあたしは、早くも頭の中がXXXモードになっていた。鼻から息を漏らして、甘えてしまう。
 だめだめ!その前に、やることがあるのよ!と思っていたら…
 先生があたしの体を優しく抱きしめたから、あたしも先生の背中に腕を回してぎゅっとした。
 こうしてるだけで気持ちいい。絵の指導をしてくれる先生の横顔をこっそり眺めてるのもいいけど、体が触れ合ってる方が何倍も満たされる。
…」
 先生の低い声が心地良く体に響いてくる。
「先生。あたし、もう卒業したんだから、下の名前で呼んでくれてもいいんじゃないですか?」
 ずっと我慢してた分、今日はワガママを言ってちょっと困らせてみる。
「あ、ああ…じゃあ、…ちゃん?」
 少し照れたように言う先生。
「ちゃんは要らないよ」
「じゃあ、
 自分から呼んでって言ったくせに、名前を聞いた瞬間、ドキッとした。
「年齢を考えたら、娘みたいだからな。何か慣れないな」
 確かに、あたしは18歳で先生は40歳弱。親子であってもおかしくはない年。
 自分の親と近い年の男と付き合ってると知ったら、うちの親は猛反対するだろう。
 別に人間は何歳になっても恋するみたいだから、いいのにね。
…」
「ん?」
 名前を呼んでもらって、ストロベリートークするのに憧れてたんだよね。
「ケーキ食べない?」
「ケーキ!?」
 予想外の言葉に、大きな声を出してしまった…。
 てっきり愛の告白でもされるのかと思っていた自分が恥ずかしい。
「うん。美術部の2年生が美味しいとか言ってたケーキ屋で買ってみたんだけど…甘いもの嫌いだったか」
「…ううん!大好き」
 それでも食い気に負けてしまうから、まだまだお子ちゃまだ。
「紅茶でも飲むか」
 先生が立ち上がる。
「手伝います!」
 あたしもソファから立ち上がろうとすると 「頑張って勉強して美大に合格して、無事に卒業できたさんは座ってなさい」
 先生は後ろからあたしの両肩を押さえて、座らせた。

「…美味しい!!」
 先生が出してくれたケーキは、ふわふわの蕩ける生地の上に、甘酸っぱいソースがかかって苺とみかんとベリー系のフルーツが乗ってるやつ。
 先生は甘いのが苦手なのか、紅茶だけ飲んでいた。
 今のうちに、言わなくちゃ。
 大好きなスイーツを食べながらだったら言えそうな気がする…。
「あの…先生、ちょっとお話が…」
「ん?何でしょう?」
 紅茶を啜りながら、こっちを見る。
「言ったら引かない?」
「さあ、聞いてみないと何とも」
 冷静に答える先生。
「先生にあたしの絵を描いて欲しいんです」
 先生は、一瞬きょとんとした。
の…?いいけど、何で今更」
「先生の絵が好きだから」
「そうか。は俺の絵を最初に好きになってくれたんだもんな。 いいよ、高校時代の思い出として、制服を着たやつでも書くか?」
 先生は冗談っぽく笑って言ったけど、あたしは静かに首を振った。
「言いにくいけど……何も着ていない自分を、描いて欲しい…」
「え」
 沈黙の時間が長く感じられたけど、言ってしまったことは後悔していない。
「ぬ、ヌードってことか?」
 先生の緊張が感じられる。あたしの鼓動もめちゃくちゃ早くなっている。
「…うん。駄目ですか?」
「いや、駄目っていうか…さすがに、まずいだろう。大人ならともかく、高校を卒業したばっかのおまえにモデルをさせるなんて」
「まずくないです。だって、恋人同士なんだから別にいいでしょ?」
「いや、でもな…」
 駄目じゃないって説得したけど、先生はしばらく渋っていた。
 こんな小娘が生意気なことを言い出すんだから、無理はないかもしれないけど。
「今の気持ちを忘れたくないから、ありのままのあたしを書いて欲しい…」
 先生の袖を掴んで訴えた。
「でも、ヌードになるってことは全部見られるんだぞ?本当にいいのか?」
「それ位分かってます。もう18歳なんだから」
 その後も先生は、下着だけでも着けたら?とかグダグダ言ってたけど、あたしは頑なに拒否した。
 しつこくお願いすると、ようやく先生は諦めたようだった。
「分かったよ。スケッチブック探してくるから、隣の部屋で着替えて来なさい」
 そう言うと、先生は大きなバスタオルをあたしに渡した。
 隣の部屋のドアを開けて、思わずドキリとした。
 そこは先生の寝室だった。小さなテレビと大きなベッドが置かれて いた。
 ここでいつも先生は寝ているんだね。
 今は一人きりで。でもそのうちその隣には…。
 いつまでも自分のことを子供扱いしてないで、早く一緒にベッドに入れるような関係になれたらと願う。
 あたしがヌードモデルに拘っているのには理由があった。
 高校の美術準備室にあった女性のヌードの油絵。
 その絵は先生が書いたもので、モデルは彼の昔の彼女らしいという噂があったのだ。
 美術部員からその話を聞いて、あたしはその絵の女性に嫉妬してしまった。
 そしていつか、あたしも先生に描いてもらうんだと決意した。

 3月の初めだから、暖房が入っていない部屋は寒い。
 裸になった体にバスタオルを羽織ってリビングに出て行くと、部屋の照明が薄暗く落とされていた。
 先生はスケッチブックと鉛筆を持って、仕事用机のイスに座っていた。本当にバスタオルだけになったあたしを見て、表情が少し強張っているように見えた。
「ソファに座るか?」
 あたしは頷いて、さっきまで座っていた所に腰を下ろす。
「さて…」
 鼻の頭をぽりぽり掻いている先生。困った時や悩んでいる時にする癖なんだろう。
「ポーズはどうするか。の…の好きなようにしてくれないか」
 気を遣ってくれているのが手にとるように分かる。
 あたしは意を決してバスタオルに手をかけると、停めていた部分を外し、上から徐々に開いていった。
 先生の喉がごくりと動くのが見えた。
 全て取り去ると、あたしは産まれたままの姿になった。
 偉そうに言ってたあたしも、さすがに先生の顔をまともに見れない。
「寒くないか…?」
「大丈夫」
 さっきよりも、暖房の温度を上げてくれているみたいだから。
 あたしは一糸纏わぬ自分の体に頼りなさを感じながら、ソファに座ったまま、ただじっとしていることしか出来ない。
 何か言ってよ。ねえ。
…こっち見て」
 先生の声に逆らうことは出来なかった。普通に服を着て腕組みをしている先生と目が合って、顔から火が出そうな程恥ずかしかった。
「きれいだよ…」
 きっと全てを見られているだろう。胸も、お腹も、今まで他人に見せたことのないあそこも…。
「モデルをするからには、真剣にやってもらうよ。いいね?」
 真っ直ぐな瞳で尋ねてくる。
「はい」
 あたしはその目に負けまいと、はっきり答えて立ち上がった。
「やっぱり、この格好で描いてください…」
 先生の傍へ少し近寄った。
「いいのか…?」
「いいんです。あたしは真剣だから」
 顔を見合わせると、あたしたちは照れ笑いした。
「じゃあ描くよ。動かないでね」

 それからの時間はとてつもなく長く感じられた。
 今どこを見られているか、先生の鉛筆の動きで想像してしまう。 顔?髪の毛?胸の辺り?彼はあたしの胸を見て、どう思っているのだろう。
 肌寒いせいか、胸の先端が硬くなっているのに気付いてしまった。酷く恥ずかしい。
 でもあたしは、美術室にあったあの絵の人に負けたくないから、最後まで頑張るつもりだ。
 変な対抗意識を燃やしてしまうのは、あたしがまだ子供だから。
 先生につり合う女であるという自信がないから。
 
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