シンデレラになるまで(3) 名前変換
 後日、に告白されたことを亜紗美に話した。
「うっそー!?もうさんに告白されたの?」
「うん…」
「それで付き合うの?」
「まだ返事してない」
 そう言うと、亜紗美は呆れた顔をした。
「はあ?勿体無い!お坊ちゃんと付き合えるチャンスなんてそうないんだよ。嫌いじゃなかったら付き合っちゃえば?」
「嫌いじゃなかったらってそんな…」
 今度はの方が呆れてしまった。いくらお金持ちだからって、本気で好きでもない人と付き合うのは気が引ける。
は好きじゃないの?」
「んー、まだよく分かんない」
 不覚にもときめいてしまったことなら何度かあるが、それが付き合う程のレベルなのかどうか自分でも判断できない。でも異性の友達が少ないにとって、気になっている存在であることは間違いない。
「じゃあ、友達から始めてみればいいじゃない。どうしても駄目だと思った時は止めればいいのよ」
 亜紗美はさも嬉しそうに自分のアイデアを話す。
「そんなに簡単に決めていいのかなぁ…」
は真面目に考えすぎるんだよ」
 確かに頭で考えてばっかりで行動に移せていたら、今まで好きになった人と付き合うことが出来たかもしれない。
 そんなことを考えてしまうのも、都合の良い言い訳なのだろうけど。
   モデルの仕事をしたことは黙っておいた。大学の他のクラスメイトに広まって注目の的になりたくない。
 たまたま運が良かっただけで、自分には似合わないことをしているということは解っていた。
 母親に安心してもらいたい気持ちはあるけれど、お金持ちの人と結婚すれば幸せになれるとは限らない。それに、あんな育ちの違う人と一緒に暮らして行けるのだろうか。ご両親も強引でワガママな人の恐れもある…。
(って、まだ付き合ってもいないのに結婚だなんて…。あたしやっぱり真面目過ぎるのかなぁ…試しに付き合ってみるのもありなのかも)
 考えるだけの恋はそろそろ終わりにしよう。
 そう決心しただった。

 から電話がかかってきたのは、撮影から3週間後だった。
「おい、パンフレットできたぞ」
「あ、そうなんだ…忘れてたかも」
 相変わらず言葉使いは乱暴だったけれど、声が弾んでいるように感じた。
 は以前よりのことを強烈に意識してしまい、出来るだけ自然に話せるように努めた。
「おまえちょっと声おかしいぞ。緊張してんの?」
「えっ??し、してないよ!全然!」
(あーあ、何であたしはこんなに不器用なのーーー)
「で、どうする?取りに来るか?郵送してもいいけど…」
 未だにが返事をして来ないことを気にしているのだろうか。
 強引に来いとは言わない。
「取りに行くよ…」
 が答えると、は「そうか!」と明るい口調に戻った。
「じゃあ、迎えに行くから…」
「今日はいいよ」
「何でだよ」
 は怪訝そうに尋ねる。
「だって…あんなすごい車に乗ってるの大学の友達に見られたら困る…」
「は?別に何言われたっていいだろ。別に悪いことしてる訳じゃないんだし」
「あなたは良くてもあたしは困るんです。みんな普通の大学生なんだし…」
 はっきり言ってしまうとは少しの間黙った。怒らせてしまったかとはハラハラしている。
「分かったよ。じゃあ、今回は自力で来いよ」
(自力って…大げさな)
 が笑いを堪えていると、はカフェの場所と時間を指定してきた。

 待ち合わせのオシャレなカフェに入っていくと、は既に到着していた。
「お、来たか」
 が席に着くと、は店員を呼んでメニューを貰った。
「何でも好きなもの選べよ」
 は得意気に言う。
「別に…お茶くらい自分で払うよ」
「可愛げのない女だな」
 は鼻でフンと笑うと、の額を軽く小突いた。
 動揺しそうになるのを隠して、はブツブツ呟いた。
「だって、あんなこと言われたら奢ってもらう訳にはいかないじゃない…」
 お金が目当てだなんて言われたら、誰だって気にするだろう。
「別にあんなの気にするなよ。怒ってるわけじゃないから」
「気にするなって…さんが言ったんでしょ」
「言ったけどもう取り消し。それより、写真見ようぜ」
 がカフェラテを注文すると、は1冊のパンフレットを取り出して開いた。
「見てみろ」
 に差し出されたページをは恐る恐る覗いてみる。
 そこには黒いドレスに身を包んだが写っていた。
(これがあたし…?)
 自分では出来ないようなプロのメイクをされて、フォーマルなドレスを着こなしている。それは誰から見ても美しい日本美人の写真だった。
「驚いただろう?カメラマンの腕もいいし、写真加工の技術ってのは凄いよな」
 写真をじっと見つめているはからかった。
「うん…ほんと凄いよね」
 実物を見たらがっかりされるだろうな、とは心の中で苦笑した。
「バーカ、冗談だよ。はいい素材持ってるんだから、もっと自分に自信を持て」
 の頬を軽くつねった。
「いた……」
(自信を持てって。あたしもあんたみたいに自信たっぷりだったらいいなって思うよ。でも…この人に会わなかったら、こんな体験することはなかったんだよね)
 なら自分を良い方向に変えてくれるかもしれない。
 そんな考えがの頭によぎった。
 今日こそはきちんと返事をしなければいけない。
「あの…この後時間ある?」
「あるけど」
「じゃあ、公園行かない?」
「公園?別にいいけど、何で?」
「ちょっとね…話したいことがあるから」
「ここで話したらいいじゃん」
 は面倒臭そうに見つめる。
「ここではちょっとね…」
 さすがに向かい合って話すのは勇気がいるが、緑のある公園を歩きながらなら言えそうな気がする。
 二人はカフェを出ると、一番近くの公園に向かった。
 隣に並んでいると、通り過ぎる人がちらちらの方を見ているのが分かる。
 彼には人を引き付けるオーラがあるのだろうか。
 気まずい思いをしているうちに、とうとう公園に着いてしまった。
「そこ座るか」
 が傍にあるベンチを指差した。隣のベンチにはカップルらしき若い男女が座っている。
「いい!歩きながらで。公園一周しよう」
 が急いでベンチから逆方向へ歩くと、も追いかけてきた。
「何だよ。落ち着きのないやつだな。それで話ってのは…?」
 が隣に来ると、は傍に誰もいないのを確認して深呼吸をした。
「この前の返事なんだけど…まだ覚えてる?」
「…忘れるわけないだろう」
 は歩きながら石ころを蹴った。
「で…?返事は?」
 ついにこの時が来てしまった。覚悟を決めて用意していた言葉を口にする。
「いいよ」
「は?」
「…だから、いいって…」
「ちゃんと言ってくれないと分からない」
(は!?分からないことはないでしょうよ!)
 こういう時、どう伝えればいいのかは分からない。これじゃあ、自分から告白するみたいだ。
「あー、もういいよ。こっち来い」
 痺れを切らしたの腕を取り、引っ張った。
「痛っ…ちょっと、どこ行くの!?」
 は道から反れて、池の方へとを連れて行った。
 池の前まで来るとは腕を離して、二人は向かい合った。
「もう二度と言わないから」
「…え?」
「俺と付き合ってくれるか?」
 の黒い瞳がを捕らえて離さない。
「……はい」
 やっと返事することが出来た。
 結局、2回も告白させてしまったけれど、は今までに感じたことのない達成感でいっぱいだった。
 その時、傍で怪しい人影が動いた。
「よっ!兄ちゃん、やったな!」
 自転車に乗った知らないおじさんが二人を見て、にやにやしている。
 は急いでから離れた。
「ども。こいつは今日から自慢の彼女ですから」
「ちょっとっ…」
 と肩を組むと、おじさんに誇らしげに告げる。
(恥ずかしい…けど、悪い気はしないかな…)
 優柔不断なには、どんどん引っ張ってくれる男性の方が合っているかもしれない。
 住んでいる世界が違うのが少し心配だけれど、付き合ってみれば案外上手くいくのかもしれないし、何事も経験してみないと分からない。
 おじさんが去った後も、二人は寄り添って池を眺めていた。
「記念にキスでもするか?」
 の頬に手を当てて言う。
「ここで!?ダメダメっ!さっきのおじさんがまた来るかもしれないし…」
 が動揺しているのを見て、は笑った。
「じゃーまた今度。家の中でゆっくりな」
(ゆっくりって……やだ、こんな時に思い出さないで)
 の頬が夕焼けのように赤く染まる。同時に体の奥もジーンと熱くなった。ホテルでしたような濃厚なキスをするのだろうか。
 また経験してみたいかも…。
 以前なら怖くて堪らなかったのに…。
 によって変化していく身体をは不思議に思った。
 正式に付き合うということは、深い関係になることも覚悟しなければいけない。経験が少ないとは言っても、ももう二十歳を過ぎている。男女が深く愛し合えば自然とそういう関係になることも何となく理解できる。
(初体験がこんな人とするとは思いもしなかったけど、本当に好きなら後悔しないよね…)
 と繋いだ手をぎゅっと握り返した。
 はいつものように冷静な表情をしているように見えるが、胸のうちは嬉しさでいっぱいだった。今すぐ抱きしめてキスしたくなる衝動を、必死で抑えていた。
 男心が分からないは、帰りの電車で眠りこけての肩にぴったり寄り添い、ますます彼を挑発するのであった。

「よし……これから勉強で忙しくなるから、その前に旅行でも行くか」
 春休みになり、カフェでお茶をしているとが急に思いついたように言った。の返事をそわそわしながら待っている。
「旅行?いいけど…」
 マンゴージュースをストローで飲みながら、は答えた。
 は父親の会社の手伝いや勉強で忙しいためあまり会うことは出来ないが、それでものんびりしたには苦にならないのか、交際は続いていた。
「え!?旅行って、もしかして二人だけで?」
 はふと我に返って尋ねた。
「当り前だろ。他に誰が行くんだよ」
 そう言われて、は急にドキドキしてきた。
 今までキスは何度かあったし、も気持ちが昂ぶって胸まで触りそうになったことはあったけれど、車の中だったりの心の準備が出来ていなかったため、それ以上進むことはなかった。
 二人きりで旅行となると、あの夜のことを思い出して意識してしまう。
 彼がストローを弄ぶ指さえいやらしく感じてしまう。
(あああーーー!あたしの方がいやらしいっつーの!!)
「決まりだな。行くぞ」
 が伝票を持ち、椅子から立ち上がった。
「もう行くの!?あたし準備してないよ」
「旅行会社だよ」
 早とちりするに、は振り向きざまに言った。

 旅行会社に着くと、観光地のパンフレットがずらりと並べられていた。
 北海道、沖縄、日光、金沢、神戸、九州…。日帰りから、4泊以上の長旅まで様々なプランがあるようだ。
「ねえ、神戸なんかどう?」
 は目を輝かせながらパンフレットを差し出す。しかし、はちらっと見ると、返事をせずにどこかへ歩き出した。
「ちょっと…そっちは…」
 が立ち止まったのは、海外旅行のパンフレットの棚の前だった。
 ざっと見渡すと、その中から一冊を手にとった。
「タヒチにするか」
「タヒチ!?」
「おお。嫌なのか?」
 何ともないことのように告げると、驚きを隠せない
「い、嫌とかそういう問題じゃ…」
「嫌じゃなかったら行こうぜ。バイト代まだ払ってなかっただろう?新作の売り上げが好調だったから、俺が旅行をプレゼントしてやる」
「え??それにしても高すぎるよ…タヒチなんて一体幾らかかると思ってるの…」
「いいから、こっち来い」
 戸惑うを、は無理やり引っ張って受付へ連れて行った。
 は大人しく横に座って、係員とのやり取りを聞いていた。
 は手馴れているようで、ホテルやオプションプランを選んだりしている。
(全く…お坊ちゃんにはついていけないよ…)
 まさか、彼氏との初めての旅行が海外になるだなんて、誰が想像しただろうか。
「ほら、名前書いて」
 申し込み用紙とペンを渡され、の下には名前と住所を書いた。
「卒業旅行ですか?」
 係員が営業スマイルで尋ねた。
「ええ、そうです」
 本当は違うのに、はそう答えた。
「ちょっと…卒業旅行なんかじゃないのに…」
 係員が電話で飛行機の予約をしていた時、は小声で呟いた。
「ああ言っておいた方がいいんだよ。ただの旅行だって言ったら、金持ちだと思われてぼったくられるからな」
「はぁ……あんたでもそんなこと気にするんだね」
 お坊ちゃんには似合わない現実的な一面を見て、は可笑しくなった。
「一応、次期経営者だからな。無駄な金は使わないようにしてるんだよ」
「へぇ……」
 から仕事の話を聞かされると、彼が真剣に家のことを考えているのだと分かる。司法試験の合格を目指し、しばらくは法律関係の仕事をして、いずれは父親の会社を継ぐと言っている。
 彼には立派な目標があるというのに、自分は明確な目標はまだ見つかっていない。
 家柄の違いも気になるが、二人の志の差に関してもは不安を感じることがあった。
 今の自分には何も誇れることがない。
 ただ大学に行ってバイトして、適当な会社に就職して、貯金出来れば良い方だろう。
(早くやりたいことを見つけなきゃ…)
 そう思って資格取得の資料などを眺めるのだが、は夢中になれそうなものを見つけられなかった。
 に相談したら何と言われるだろうか。気にしなくてもいいと言うか、もしくは情けないヤツと叱責されるかもしれない。
 声を弾ませて楽しそうに話すの横で、南島の青い海のようにはの心は済みきっていなかった。

「じゃあ、来週までにパスポートを取っておくこと、あと旅行の準備もしておけよ……って、聞いてる?」
「…あ、分かってるよ」
「何だよ。せっかく行くんだから、もっと楽しそうにしろよ」
 帰り道、はぼーっとしているの手を握って、気合を入れるように促す。
「そ、そうだね…。海外なんて初めてだから何か不安で…」
「まあ、いきなりタヒチなんて、にとっては無理ねえかもな。でもこの俺がついてるんだから、どこに行っても心配するな。絶対、後悔させないようにするから」
「すごい自信だね…」
 はやっと穏やかに笑った。
 自信家で能天気なの性格に救われる時が多くある。
 今回の旅行だって、行ってみればきっと楽しいものになる。
 今の自分には考えるより挑戦することが大事なのだ、きっと。
「じゃあ、早速ガイドブックとフランス語の本?買いに行こう!」
「はあ?そんなもんいらねーよ」
 文句を言うの腕を引っ張って、は本屋へと向かった。

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