海に抱かれて 4

 「汗だくだ・・・クーラーつけよう」
 翔さんは一旦車を降りて運転席に行くと、エンジンをつけた。やがて車内が涼しくなってくると体の火照りも少し治まってきた。しかし、まだ一点の火は完全に消えてはいなかったが・・・。
「翔さんは大丈夫なの?」
「ん?」
「この状態辛くない…?」
 あたしがそっと見ると、「ああ」と気付いて、まだ膨らんだままの自分の股間を見て笑った。
「俺は彩加が気持ち良かっただけで満足したからいいよ」
 一つに慣れないことがこんなにもじれったくて苦しいことだなんて思わなかった。 どんなにあなたを求めて切ない思いをしているのか分かってくれないだろう。
「もう…ふざけないで下さい…」
「えっ?」
 この際はっきりさせておきたい。
「遊びでこんなことしてるならもう止めて下さい。そりゃ、この前はあたしだって酔った勢いであんなことになっちゃったけど…」
 必死で絞り出した声が震える。やがて目に涙が滲んで来て、力を入れて必死で泣くまいと頑張った。
「…ごめん。嫌な思いさせちゃって。でもふざけてした訳じゃないよ…」
 ばつが悪そうな顔をした翔さんがぼそぼそと喋り始めた。
「誰とでもこんなことしたくない…。ちゃんと言う。俺は彩加のことが好きだ」
・・・・・・え?
 その言葉を聞いた一瞬、体の震えが止まった。
「でも出会って間もないし、年も離れてるし…。もうすぐ彩加は東京に帰るだろ。 彩加は将来ある身だし。このまま付き合わない方が彩加にとっていいだろうって思ってた…」
 (・・・将来ある身?あたしにとっていい?-----)
「そんなの、あたしの気持ちなんて全然考えてないじゃない。翔さんは、翔さんは・・・・・・ あたしとエッチなことするだけでいいの!?」
 自分からも求めておいて、今更何を言っているのだろう。 そこまで言うともう何も言えなくなって、顔を手で覆って泣いた。ワガママを聞き入れてくれなかった子供のように。
「エッチだけでいいなんてそんな訳ない。俺は彩加の全てが欲しい。 …軽はずみな行動はもう止めるよ。彩加がいいって言うまで、キスもしないから」
 涙と鼻水で聴覚が鈍くなっている中で、翔さんの主張がぼんやり耳に入ってきた。
(・・・ばか、そんなんじゃないのに。あたしは気持ちのない行為かどうか、それが知りたかっただけ------)

 また以前のように落ち着くまで頭を撫でられていた。泣き腫した顔がジンジン痛む。このまま旅館に帰ったら絵里に心配されるだろう・・・。
「翔さんってほんとに軽いんだから・・・」
 初めて会った男の家に泊まりに行ったことを棚に上げておいて、あたしは言った。
「ごめんな。反省してる」
「・・・ねぇ・・・キスして?」
「えっ?」
 翔さんが驚いたような声を出す。
「仲直りのキス」
「いいの?」
「うん」
「・・・じゃあ、仲直りと交際記念のキスね」
・・・ちゅっ・・・
 唇を合わせるだけのライトなキスを数秒した。

〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*

 ドミトリー生活も2週間が過ぎた。その日、あたしは夜9時頃、少し遠くのスーパーまで買出しに行っていた。
 スーパーから歩いて戻ってくると、旅館の近くに一台の見覚えのある車が止まっていた。
(・・・あれ?翔さん…こんな所で何してるんだろう・・・-------)
 近づいていくと、翔さんが車から出てきた。
(・・・会いに来てくれたんだろうか-----)
 想像すると、期待で胸が高鳴る。
 翔さんが助手席を開けると、中から茶髪の派手な服装の女性が出てきた。それは何と絵里だった。
(・・・絵里!?何で?--------)
 絵里は「ありがとう」と言い、二人は手を振りながら別れた。バタンとドアが閉まり、車が去って行く音が空しく耳に残る。 期待を裏切られ目の前が一気に暗くなった。
 部屋に帰る途中で、風呂場に行こうとしている絵里とすれ違った。
「おかえりー」
「…うん。ただいま」
「彩加?」
 今は口を開くのさえ億劫だ。不思議そうな顔の絵里…。
 頭が働かないまま、おやつのプリンを口に運んだが味が分からなかった。
 普通は女性を車で送って行ったこと位、どうってことはないのかもしれない。しかし、悪い想像の塊が頭から離れなかった。浮気された記憶が頭をよぎり、東京での失恋後、気分は最悪だった。
 以前、絵里が寂しそうな顔をしていたのを思い出す。もしかして、二人はこっそり付き合っていたのかもしれない。
(・・・「彼の彼女はあたしだけ」って思っちゃいけなかったのかも------)

『今夜ちょっとだけ会えないかな?』
『電話していい?』
『大丈夫?何かあったの?』
 それから何度も翔さんからメールや着信があったが、一切返信しなかった。 完全に切れてしまうのも寂しくて、受信拒否にすることはできない。
 初めて一人で旅に出て色んな経験をした。沖縄の海は驚く程美しく、ダイビングも一生忘れられない経験になるだろう。
 ここでの生活はそれなりに楽しかった。ゆきずりの男と甘い夜を過ごして、ショックなこともあって…。でもここはあたしがずっと居るような場所じゃない。
 東京に帰ろう。
 失恋して落ち込んでいるのを心配していた友人を振り切って一人でやってきた。迷惑を掛けたことを謝ろう。
 あたしはスーツケースを開いて荷物の整理を始めた。
『もう会えないのかな?』
 翔さんからのメール。
『明後日東京に帰るから』
 そっけなく返信した。
 すぐにメールが来た。

■翔さん
■(non title)
-----------------------
どうしても話がしたい
明日の夜会いたい

翔さんからのメールを見るだけで胸がきゅんと締め付けられる。
『分かった』
 もう忘れようと思っても、どんなに嫌いになろうとしても、やっぱり翔さんに会いたい…。

←back   next→

愛しの彼といつもより♡なHを

女性のための官能小説・目次