1クールの恋人 1 (関連作品:恋のリハーサル) ここは某テレビ局のスタジオ。 スタジオの隅に無造作に置かれているテーブルセットで、ある芸能人二人にインタビューが行われていた。 一人の中年女性が、にこやかな笑顔で二人に質問した。 「お二人は最近初めて会ったそうですが、お互いの印象は?」 『そうですねぇ。大崎さんのことは、テレビではよく見てて綺麗な方だなと思ってましたが、実際に会ってみるとさらに綺麗でびっくりしました。ああ、本物の女優さんだぁって(笑)』 『三井さんは子供の頃にテレビでよく見ていて、可愛いイメージがあったんですが、大人っぽくなっていて素敵になられていました。クールな雰囲気があって、最初はちょっと近寄りがたかったです(笑)』 もうすぐ放送が開始される月9ドラマ主演の三井翼と大崎結衣は、スタジオでティーン 雑誌の取材を受けていた。 少し緊張が残る二人だが、和やかな雰囲気で話が進められていく。 話題のドラマというだけあって、撮影の合間には休む間もなく、数々の雑誌やニュース番組からの取材やスチール撮影が待ち構えていた。 取材が終わると、わずか数分の休憩時間が与えられた。 休憩中にゆっくり眠ったり雑誌を読んだりなんて、ほとんどできない状態だ。 「やっと終わったね。今日はまだ2つの取材があるのか・・・」 「ですね〜。これだけ多いと話す内容がかぶっちゃって、後で雑誌見たら恥ずかしくなりますよ」 「あぁ、俺もあるある」 実際、雑誌は違うけれどもインタビューアーの質問はどれも似通ったものばかりだ。 「寝る時間あんまないけど、結衣ちゃんは大丈夫?」 「ええ、眠いけどスタジオに来たらテンションあがります」 「だなー。面白い人ばっかりだもんね」 突然翼に「結衣ちゃん」と下の名前で呼ばれたものだから、結衣は驚いたと同時に嬉しか った。 「うんうん。三井さんも面白いですよ」 「そう?俺、お笑い目指そうかな」 翼がふざけて言うと、二人は顔を見合わせて笑った。 人見知りしがちな結衣だったが、撮影が進むにつれ共演者やスタッフの人達とも打ち解けてきた。 年が近いということもあって、結衣と翼は演技のことだけでなく、プライベートなことも徐々に話す仲になっていた。 ◇ ◇ ◇ 三井翼は18歳の高校3年生。 小学生の頃から子役デビューし、現在もCMやドラマで活躍している。 子役だけで終わらないのは、両親が与えてくれたルックスと経験の多さだろう。何よりも演技の幅も広く、不良役からエリート高校生、はたまた武士役まで卒なくこなし、女性だけでなく男性のファンも多かった。 大崎結衣は一つ年下の17歳。 3年前にティーン雑誌でモデルデビューし、ルックスの高さと健康的な肉体美によって、中高生の間で憧れのモデルとなった。さらに、1年前にちょい役で出たドラマでの演技力が評価され、最近ではドラマや映画での重要な役を任されるようになってきていた。 二人とも今注目の俳優であって、それ故、ドラマの視聴率も周囲に期待されていた。 環境の変化に着いていくのがやっとの結衣にとって、プレッシャーは大きい。 一方、小さい頃からこの業界に慣れている翼は、初対面の時こそ少しぎこちなかったものの、撮影が始まると役作りに没頭し、結衣が描いていた役のイメージそのままに演技をした。 さすがだなと、結衣は自分の撮影が終わっても翼を熱心に眺めていた。 「チェックOK!」 監督の声が響くと、周囲の張り詰めていた空気が和んだ。 「今日の撮影は終わりー」 「お疲れ様です」 「お疲れ様」 スタッフが機材やセットを次々と片づけている中で、結衣が隅で待っていると、楽屋へ帰る途中の翼がこちらに気が付いた。 「あれ?結衣ちゃん、まだいたの?」 「はい。三井さんの演技見てたら勉強になるから」 「えー?俺なんてまだまだ・・・。女優さんの手本になるもんじゃないって」 実力はあるのに少しも偉ぶらないのが彼の良いところだろう。 どんな小さな役でも、試行錯誤しながら努力を惜しまない翼。 結衣はそんな翼の態度を見ていると、仕事仲間として尊敬し、次第に心惹かれていった。 「結衣ちゃんこそ、今日の泣いてるシーンなんて、綺麗で思わず見とれたよ。さすがだな」 「そんな・・・」 翼に誉められると、結衣は恥ずかしそうに微笑んだ。 翼の傍にいるだけで胸が高鳴る。 横顔を見ているだけで胸が切なく締め付けられる。 翼の一言で天にも舞い上がりそうな自分がいる。 これは間違いなく恋だ。 次の日の撮影もいつも通り、朝早くから始まった。 日中はスタジオで撮り、夕方からは都内の公園でのロケが行われる予定だ。 「おはようございます!」 結衣は元気よく挨拶をしながらスタジオ入りすると、翼も既に到着していた。 「おはよう。今日とうとうキスシーンだね」 「そうなんですよ・・・私、上手くできるかな。ちょっと不安」 不安はあるが実は、密かに楽しみにしていた部分でもある。 だって憧れの俳優とのキスが出来るなんて、こんな機会でもないと一生出来ないだろう。 「俺も・・・。ヘマしたらどうしよ。今から練習しとく?」 「えぇっ?」 冗談と分かっているが、翼にそんなことを言われた結衣は心臓が高鳴った。 「年も近いんだしさ、俺のこと、下の名前で呼んでいいよ。俺も勝手に結衣ちゃんって言ってるし」 「はい・・・。じゃ、翼くんで」 結衣が言うと、翼はにっこり笑った。 「おーい、翼。こんな所で結衣ちゃん口説くなよー」 二人のやりとりを傍で聞いていた監督がからかい、周囲もそんな二人を本当の恋人同士のように温かく見守っていた。 翼くんと付き合えたら・・・。 結衣は昔から夢物語みたいな空想をすることがあった。 お嬢様が住むような広いお家に住んで、クローゼットの中には雑誌で人気の服が溢れんばかりに入っていて、食事は毎日シェフが作ったフルコース。 現実は、父が普通のサラリーマンの家庭に育ち、子供の頃はアパート暮らし。中学生の頃に、やっと狭い一軒家に引っ越すことができた。 しかし思いがけない転機が訪れ、今では自分は女優としてそれなりに活躍している。 ドラマや映画の共演者同士が仲良くなり交際がスタートした、なんてたまに芸能ニュースで聞く話だ。 最近でも人気ドラマの恋人同士を演じた二人が写真週刊誌に撮られていた。 彼との恋愛も全くの夢ではないのかもしれない。 スタジオで撮影が終わると、共演者、スタッフ一同は休む間もなく車で車で公園に移動した。 公園に着くと、スタッフは撮影の準備をし、翼と結衣は監督と打ち合わせをした。 「・・・こういう感じでしてね。ここは一番の見せ場だから頑張って」 「はい」 「はい」 監督から具体的な立ち位置、セリフの言い方などの説明が行われた。 本番前に練習できるから大丈夫よね。 結衣はそう考えていたが甘かった。 リハーサルでは角度などを合わせるだけで、互いの顔を近距離まで接近させたものの、実際にキスはしなかったのだ。 人気俳優二人を考えてのことだろうか。 「どうしよう・・・」 ここにきて、結衣は急に不安になってしまった。 「何か顔色悪いよ。大丈夫?」 元気のない結衣に気づいた翼が、結衣の顔を心配そうに覗き込んだ。 「本番でいきなりって・・・出来なかったらごめんなさい・・・」 「俺も初めてだから一緒だよ。俺たちは本当の恋人同士だと思って。な?」 「うん・・・分かった」 「なるべく一発で終わらせるように頑張るから。結衣ちゃんは楽にしててよ」 そう言って翼は軽く結衣の肩を叩いた。 翼の心強い言葉に結衣は救われた。 普段はふざけ合ってたけど、こういう時は頼りになる翼くん。 涼しげに水を噴き上げる噴水の前に、主演の二人が立った。 「本番いきまーす」 掛け声がかかると、結衣は翼に言われた言葉を思い出して自分自身を奮い立たせた。 あたし達は本当に愛し合ってる。キスするのは当然のこと。だからきっと大丈夫・・・。 夕暮れの公園で、翼が結衣を呼び止める。 「恵理花・・・」 結衣は翼の方を向き、やがて二人の視線が絡み合う。 翼の真っ直ぐで熱い瞳に見つめられると、結衣は役と同じように動けなくなった。 あの目だけで、体が縛られている。 この後どうしようかと考える間もなかった。 翼は結衣の背中を引き寄せると、力強く唇をぶつけた。 二人はついばむようなキスを思いのままに交わし合った。 若いスタッフから年配のスタッフ、さらに偶然通りかかった通行人までもが、その場面に思わず見とれた。 見る者の心に響く印象深いキスシーンだった。 「カット!」 すぐにチェックが行われ、見事に一発OKが出た。モニターを眺めていた人も画面に引き込まれた。 「おーさすが!」 周囲のスタッフ達から拍手と歓声が沸き起こった。 結衣は極度の緊張から解放され、まだ撮影があるというのに気が抜けてしまった。 「良かったね」 同じく翼もほっとした表情で結衣に声をかけた。 「ありがとう。頭真っ白になりそうだった・・・。やっぱり翼くんは集中力がすごいや」 「そうか?俺もめちゃくちゃ緊張してたよ。でも何か、本当の恋人同士になった気分を味わえたな・・・」 「ふふっ。期間限定の疑似恋愛ですね」 期間限定かぁ――。 結衣は自分で言っておいて寂しくなった。 このドラマの撮影が終わるのはあと1ヶ月後。 それまでに翼くんと本当の恋人同士になることなんて出来るのかな・・・。 next→ 10分以上保つまではシテあげない 女性のための官能小説・目次 ランキング参加中→ 駄文同盟.com |