Please teach me!! 1 名前変換 (関連作品:当直室での秘め事
「マクロファージの細胞表面にあるレセプターの主なものには、スカベンジャーレセプター、マンノースレセプター、補体レセプター、Fc レセプター・・・などがあって・・・」

 ここは大学の医学キャンパスのある一室。
 2年次の必修科目である免疫学の講義が行われていた。
 中年の准教授がだらだらと話している内容が半分程しか耳に入らない中、私は必死でノートに板書を書き写していた。
 ・・・はあ、免疫学って難しくて眠くなっちゃう。
 それに、お腹空いて限界。

 口に手を当ててそっとアクビをした時、ベルが鳴り2時限目の講義の終わりを告げた。
 ふら付きながら階段を下りていると、下を歩いていた友人の由梨が振り向いて言った。
「ねえ、あたしトイレ行くから、先に食堂で席とってて」
「分かった」
 狭い学生食堂は、昼休みを5分も過ぎると満席になってしまう。遅れた場合は、席が空くのを待つか、少し値段が高い病院の食堂で食べるか、売店で弁当でも買ってどこかで食べなければならない。

 講義中にポツポツと振っていた雨は、講義棟から出ようとする頃にはザーザー降りに変わっていた。
 念のために持ってきていた傘をさし、歩き出そうとしたその時。
「ちょっと学食まで入れてくれない?」
 突然、一人の背の高い男が傘に入ってきた。控えめの茶髪で、香水の匂いが微かに鼻についた。
「あ、はい・・・」
 強引だなと思ったが、特に断る理由もない。私はぎこちなく相合傘をしながら、食堂まで早足で歩いた。相手は首を曲げて窮屈そうに歩いている。肩の辺りには雨の滴が落ちて、傘に入る意味があまりない。

 食堂に着くと、その男は短くお礼を言った。
「ありがと。助かったよ」
「いえ・・・」
 私がちらっと彼を見ると、じっと見つめ返してきた。彼のことは何度か見たことはある気がするけど、名前が思い出せない。
「そうだ、お礼したいから飯おごるよ。君可愛いからさ、他のやつらも喜ぶよ」
 男はにっこり笑って言った。
 む、軽そうな男だとは思ったけれど、早速来るとは・・。
「すみません、私、友達と約束があるので・・・」
「いいじゃん。友達も一緒に食べれば。友達は何人?」
「一人ですけど・・・」
 彼は強引に私の手をとり、きょろきょろ食堂を見渡すと人の間をすり抜けて歩き始めた。
「よっ、お待たせ」
 そこには二人の男が座っており、ちらっと私を一瞥したが、あまり興味を持たなかったらしい。すぐに携帯をいじり始めた。彼が女の子をナンパしてくるのに慣れているのだろうか・・・。
「ここ座って」
「はい・・・」
 ほとんど初対面の人と食事するなんて、人見知りしてしまう私にとっては気まずい。

、どうしたの?」
 私を見つけた由梨が急いで駆け寄ってくる。
「あ、お友達?今日は俺が奢るから、好きなもの頼んでよ」
「いいんですかぁ?」
 奢ってくれると聞いて、由梨は急に笑顔になった。
「じゃ、行こうか」
 カバンを席に置くと、貴重品だけ手元に持って3人の男と一緒に列に並んだ。由梨は食べたいものを遠慮なく頼もうと、一人ではりきっている。
「ねえ、折角だからいいもの食べるよ」
 彼らの後ろに並びながら、小声で由梨が耳打ちしてきた。
「由梨ってば現金だなぁ・・・」
「何言ってんの。うちらのような庶民はこういう機会を利用しないと!それにしても、あの人たちどうしたの?」
 まあ、由梨のこういう能天気な所に救われることも度々ある。
「先にそっちを聞いてよ・・・。さっき講義棟を出ようとしたら、傘に入れてくれって言われて、それで入れてあげたらお礼したいって言われたの」
 すると、由梨が意味深に笑って言った。
「ふふっ、良かったね。あの人達にナンパしてもらえて」

 何を食べるか迷った末、私はエビ天丼を、由梨はハンバーグカレーと抹茶ケーキをトレイに乗せて席まで戻った。
「ありがとうございます。何かすみません・・・」
「いいの。お礼をするのは俺の方なんだから」
 彼は営業スマイルなのか、芸能人のように爽やかな笑顔を見せてくれる。他の二人は先に席に戻って、さっさと食べ始めていた。
「じゃあ、遠慮なく食べて」
「いただきまーす」
 由梨は元気良く挨拶すると、スプーンを持って食べ始めた。美味しそうなエビ天の匂いがお腹を刺激し、私も口いっぱいに頬張った。

「そういえば名前も言ってなかったね。俺は松田亮一。今、5年生。そんでこいつが太田康平で、こっちが・・・」
「いちいち名前まで言わなくていいだろ」
 という人が不機嫌そうに口をはさんだが、ナンパ男はご丁寧に紹介してくれた。
「で、君の名前は?」
です」
「私はの友人で、高木由梨です」
 すぐさま由梨が嬉しそうに自己紹介する。
「そっか。二人とも何年生?」
「2年生です」
「2年かー。じゃあまだ基礎系の勉強してるんだね。そうそう、俺らサッカー部で知り合ったんだ」
 由梨が楽しそうにナンパ男と話している中、私は適当に相槌を打ちながらエビ天を食べ続けた。
 ナンパ男以外の二人は早くに食べ終わり、だるそうな顔をして待っていた。
 太田さんは、色白で眼鏡をかけていて、いかにも医者を目指していますというような外見をしていた。
 さんは、髪型はスポーツ刈り、肌は程よく焼けていて健康的な感じだったが、何だか怖そうな雰囲気で視線を合わせたくない。
 太田さんは時折、話に入ってきたが、 さんは全く興味がなさそうで眠そうにしている。

「ありがとうございました。講義あるんで、そろそろ行きますね」
 私がお礼を言うと、 「ねえ、携帯のアドレス教えてよ」と松田さんが尋ねてきた。
 由梨と目を合わせてどうしようかと考え込んでいると、松田さんはにこやかな笑顔になった。
「大丈夫。俺、他の大学に彼女いるから。しつこくメールしたりしないよ」
「そうなんですか・・・」
 彼女いるなら聞く必要ないのでは?と思ったが、由梨につられて何となく教えてしまった。
「あの人達、お金持ちで有名なんだよ。 ってば、とぼけた顔してやるな!」
 由梨はその日、ずっとハイテンションでご機嫌だった。

                    ◇ ◇ ◇

 それからしばらくの間は、彼から携帯にメールが入ることは一度もなかった。
 やっぱり遊び人は一人の相手に構ってられない位、忙しいのかもしれない。
 しかし、前期の授業が終わり夏休みも中盤に差し掛かった頃、何の前触れも無く急にお誘いが来てしまった。
『今週の土曜日、空いてたら海に行かない?』
 松田さんから一通のメールが届いた。
 最初は送る相手を間違えたのかと思ったが、その後由梨からの『松田さん達と一緒に海に行こうよ!』というメールが来て、間違いではなかったことに気付く。

 次の土曜日、松田さんの車で海水浴場まで向かった。高級感溢れる何とかクラスのスポーツカーに乗って、単純な由梨ははしゃいでいた。
 学生の身分でこんな車に乗れるなんて、さすがお金持ちの息子だ。うちの親なんて手頃な国産車に乗ってるっていうのに・・・。
 助手席には相変わらず色白の太田さんが乗っていた。
「あれ?今日はお2人だけなんですか?」
 由梨が尋ねると、
「ああ、も来るけど、あいつは何か用事があって自分の車で遅れて来るって」
 やっぱり、あの怖そうな人も来るのか。松田さんは気さくだし、太田さんも優しい雰囲気を出しているから問題なさそうだけど、あの人はちょっと苦手な感じがする。

 8月後半の江ノ島海岸は、強い日差しが照りつけ、残暑が厳しかった。
 さんは皆より1時間も遅れてきたが、数分泳ぐとビーチパラソルに戻ってしまった。
「おい、ももっと泳ごうぜ」
「眠いからいいよ。おまえら、こんな熱い中で泳いで熱射病になるぞ」
 面倒臭そうに松田さんに言うと、椅子に横になった。
「あいつは放っておいて、俺らで泳ごうよ」
「はーい」
 由梨はしっぽを振って、松田さんに着いていった。
 泳ぎに自信のない私は、浮き輪に乗ってプカプカ波間を漂っていた。

 気付けば、私は人の集団から離れた所に浮いていた。人のはしゃぎ声が小さく聞こえる。
 戻ろうと必死で腕を使って水をかいたが、ほとんど進まない。こうしている間にもどんどん沖に流されてしまう
 これってやばいかも・・・どうしよう・・・
 焦れば焦る程、不安は大きくなり、孤独感が押し寄せてくる。
 じりじりと焼けるように照りつける日差しを受けて、頭がくらくらする。
 フィルターがかかったように目の前が白くなっていった。

「大丈夫か!?水飲んでないか?」
 叫び声と共に、誰かに腕を掴まれる感触があった。
 何か言おうとしたが、力が入らないし、脳内も痺れて何も考えられない。
「スポーツドリンクと、氷、濡れタオル、持って来い!」
「呼吸、脈拍は?」
 男の人の怒鳴り声が聞こえて、私はどこかに寝かされた。おでこや脇の下に濡れタオルが当てられる。
「水飲めるか?」
 意識が少しずつ回復してくる中で、手を添えてもらって、どうにかして差し出されたものを飲んだ。
「念のために病院に連れていくぞ」
「おい!!?」
 逞しい腕にふわっと持ち上げられて、私は車に運ばれた。
 そこから先は眠ってしまって、覚えていない・・・。

 気がつくと、私はベッドの上にいた。
 ここはどこだっけ・・・?
 取り合えずあの時どざえもんにならなくて本当に良かった。

「起きたか」
 声のする方を見ると、3人のうちの一人、 さんが傍に座っていて思わずぎょっとしてしまった。
「大したことないってよ。楽になったら着替えて帰るぞ」
「は、はい。すみません・・・ありがとうございます」
「あれだけ暑いんだから水分位ちゃんと摂っとけ。それから泳げないなら海で泳ぐな」
「はっはい・・・」
 さんはぎろっと私を睨むと早口でまくしたてて、廊下に出て行った。
 夕暮れの病室はシンと静まり返っていて、不安を掻き立てた。由梨の姿が見当たらないし、他の二人の先輩もいない。彼女達は一体どこにいるのだろう?

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