第一戦クリア 1 名前変換 
 新年早々、好きな人と離れ離れになってしまった不幸なあたし。
 あ、彼が旅立つ直前に恋人になれたんだっけ。
 でもあれから一度も会ってないから、本当に付き合っているの?と聞かれたら自信を持って「うん」と言えない。
 国際電話は高いから、一度しかかかってきたことがない。週に1回のパソコンでのメールのやり取りだけで何とか繋がっている状態だ。
 夏休みになったら帰ってくるかもと言ってたのに、待てど暮らせど帰るという連絡はなく、結局一日も顔を見せることはなかった。
 もう彼の中ではあたしなんてただの従兄弟に戻っているかもしれない。親戚付き合いがあるから、仕方ないから、義務的にメールを書いているのかもしれない。あたしはいつもドキドキしながらメールを見ているというのに、彼にはもうそんな気持ちはないの?
 あの二人で過ごした夜はもう忘れなきゃいけないのかな。
 寂しいよ。会いたいよ、お兄ちゃん…。

 とにかく会えば全てが分かる。お兄ちゃんの態度を見たらもう終わりなのか、まだあたしのことを好きでいてくれているのかが。
 笑いながら「It's over」なんて言われたらどうしようと、手に汗を握りながら到着口で待っていた。
 スーツケースをゴロゴロ転がしながら沢山の人が歩いてくる。
 家族を見つけて嬉しそうに挨拶する人や、脇目も振らず急いで歩いていくスーツ姿のサラリーマン、仲良さげに手を繋いで歩く外国人のカップルなど、様々な旅人がこの空港に集まっている。
 その中で留学帰りの彼を待っているなんて、ドラマの中では幸せなヒロインになれそうだけど、今のあたしは不安でいっぱいだ。

 電光掲示板でトロントからの飛行機が到着済になったのを確認して、お兄ちゃんが出てくるのを今か今かと待つ。
 お兄ちゃんはあたしを見てどんな顔をするだろう。顔をくしゃくしゃにして笑ってくれるかな。いけない、一人で泣いちゃわないようにしないと。
 お兄ちゃんらしき人が歩いてくる。周りをきょろきょろしながらゆっくり近づいてくる。あたしを探しているんだよね。夢にまで見た再開の瞬間はもうすぐ。不安だった気持ちもすっかり消えてあたしは満面の笑みになった。人ごみをすり抜けて彼の元へ駆け出す。
「お兄ちゃん!」
「…おっ、来てたか」
 目を潤ませながら近づいていくと、お兄ちゃんはあたしを見て一瞬で笑顔になった。良かった、嬉しいと思ってくれているんだ…。そっけない顔されたらどうしようかと怖かった。
 どんなに遠く離れていても二人は繋がっていたんだ、とドラマの台詞調に心の中で呟くと、自然と顔がにやけてしまう。
「おまえ、泣くか笑うかどっちかにしろよ。久々の再開の顔が余計ブサイクになってるぞ」
「ブサイクで悪かったね!」
 こんなこと言われてもめげない。だってこれからは彼の傍にいられるんだもの。同じ大学に絶対受かって、普通のカップルみたいに近距離恋愛を楽しんでやるんだ。
「何一人で笑ってんの?熱でもあるのか?」
「別にー。何でもないよ」
「まあ、が挙動不審なのは今に始まったことじゃないからな…」
 名前を呼ばれると心臓の奥がドクンと反応する正直な体。
 会えなかった時間を埋めていこうね。

 空港からの快速電車の中でお兄ちゃんは眠ってしまい、あたしはそっと寄り添ってみた。何の反応もない。よっぽど疲れて いるんだね。
 意地になって彼の肩にぴったり頭をくっつけた。「重いよ!」と言われる位に。それでも彼は全く起きなかった。相変わらずあたしがいても緊張感が感じられない。
 電車から降りる時もあたしを待たずに一人で乗降口に行って、まるであたしなんてここにいないかのように振舞っている。駅からの帰り道でも何も話そうとしないでムスッとしているし。せっかくお迎えに行ったのに、これじゃあたしはただのお邪魔虫!?
「はぁ……」
 信号を待ちの時に思いきり溜め息を吐いてしまった。お兄ちゃんが不審そうに見る。
「何だよ」
「別に…ちょっと疲れただけ」
「俺だって疲れてんだよ。飛行機で十何時間かけて帰ってきたし」
 あたしの言葉で彼は一気に不機嫌になる。嫌な雰囲気が漂う。だめだ、会って早々喧嘩になるなんて。あたしの馬鹿!
「あー眠い…。早く帰って寝よ!」
 そんな…。久しぶりに話せるんだから、カナダのこといっぱい聞きたかったのに。家でまったりしながらお兄ちゃんの横にくっついているだけでもいいけど…。
 1年も付き合っていて、恋人らしいことをしたのってあの夜だけ。彼に抱かれに行った夜。正確に言うと、あたしが無理やり抱いてもらい、未遂に終わったのだけれど。
 やっぱりちゃんと最後までしておけば良かったのかな。それとも軽い女だと思われた!?
「どうする?家に来る?」
「あ…」
 気付くと彼の家のアパートの前まで来ていた。
「寝るんでしょ?邪魔だから帰ろうかな…」
「…静かに待ってればいいじゃん」
「え?起きるまで?」
 お兄ちゃんがまた不機嫌そうな顔になる。もしかして、これは不機嫌じゃなくて照れているのかな。
「あがっていいの?」
「別にいいけど」
「じゃあ行く!」
「声でかい。おまえ、近所迷惑だよ」
 やっとお兄ちゃんが軽く笑ってくれた。あたしは張り切って、お兄ちゃんが止めるのも聞かずに重いスーツケースを持ってアパートの階段を上った。
「お、お邪魔しま…す」
 1年ぶりに上がった部屋は綺麗さっぱり片付いていて、何か不思議な匂いがした。ここでしたことを思い出して、一人でドキドキしていたら洗面所に連れて行かれた。
「うがい、手洗いしろ」
「は?何かお母さんみたい…」
「インフルエンザが流行ってるだろ」
「はーい…」

 今日は何時まで居られるかな?また夜まで居座って大人の時間を過ごすかもしれない。なんて妄想タイムが始まって恥ずかしくなる。
 お兄ちゃんは押入れから布団を引っ張り出すと、さっさと敷いた。いきなりですか!?心の準備が…出来てないこともないけど。
 どうやってするんだったっけ。キスは任せていいのかな?初心者用のエッチの参考書が欲しい。
「もう限界。寝る」
 お兄ちゃんは布団に入ってぶっ倒れた。 あー、そうだった。お兄ちゃんは普通に眠るって言ったっけ。
「…おやすみ」
 ちょっとがっかりしながらコタツに入って暖をとる。お兄ちゃんが起きるまで暇だな。でも、相当疲れているみたいだから邪魔しちゃいけないし、大人しく待ってなきゃ。
も一緒に寝るか?」
 お兄ちゃんがあたしの服を引っ張った。
 え?え?思いがけないお誘い!めちゃくちゃ嬉しいんだけど。
「寝るっ!」
「おまえ、はしゃぎ過ぎだって…俺、疲れててなんも出来ねーぞ」
「いいの」
 まだ冷たい布団に入って、お兄ちゃんの肩に頭をくっ付けた。
 ただ彼の傍にいられることが嬉しくて堪らない。
 付き合ってすぐに離れ離れになってしまって、あたしもすぐに身体を許してしまってお兄ちゃんの反応が怖くて、ずっと苦しかったんだよ。たった一年って思うかもしれないけれど、不安な時の一年はすごく長く感じるんだ。
 互いの身体の熱で段々布団が温まってきて気持ちいい。お兄ちゃんはすぐに寝息をたて始めた。
 自分のことばかり考えていたけれど、彼は慣れない外国で難しい英語での勉強を頑張っていたんだよね。外国の大学は課題が多過ぎるってメールに書いていたし、きっとあたし以上に苦労を重ねていたんだ。本当にお疲れ様。これからはあたしも支えられるように頑張るから、ずっと一緒にいようね…。

 水の音?夢か現実か…。
 そろそろ起きなきゃ。でも気持ち良くてまだまだ目が開けられない。
 いい香りが漂ってきて幸せだよ。好きな人と眠ることがこんなに幸せだって知ってた?お兄ちゃん。ねえ、お兄ちゃん。…ん?
「ん…?」
 目を開けたら隣にお兄ちゃんはいなかったから拍子抜けしちゃった。なーんだ。もっとゆっくり二人でまどろんでいたかったのに。
「もっと寝てていいぞ。まあ、あの状況で安眠することは出来ないかもしれないけどな」
「え?」
 足音が近づいてきたと思ったら、お兄ちゃんが布団に入ってきた。って、え?上半身裸じゃないの!
「お風呂入ってたの?」
「うん。やっぱ、日本の風呂の方が使いやすいや。久々にのんびりできた」
 彼はそう言ってあたしを抱きしめた。お兄ちゃんの裸の胸が…。やばい、鼻血出そう。
「あの……服着ないの…?」
「服?ああ、どうせ脱ぐんだし」
 訳分からないことを言い出したお兄ちゃん。ドキドキしながら首を傾げていると、彼はくっくっと笑ってあたしに質問した。
「睡眠欲が満たされたから、他に欲しくなったんだよな。何だと思う?」
「えーと、食欲かな?」
「外れ」
 次の瞬間、唇をお兄ちゃんに塞がれた。ひ、久しぶりでキスの仕方なんて忘れてしまった。いや、それよりほんとに鼻血出そう…。めちゃくちゃ嬉しいんだけど。
 何度も小鳥のように唇を啄ばんだ。あたしは声を我慢しながら必死で彼とのキスを味わった。あの時の感覚が一気に蘇ってくる。キス一つで愛しさは身体中に溢れ出すんだね。大好きだよ。ずっとこうされたかった。
 何とか鼻血を出さずに終わった。頭がぼぉっとしてお酒でも飲んだみたいに体がふわふわする。キスだけでもこんなに気持ち良くなるなんてあたしの身体がおかしいんだろうか。
「正解は…性欲でした」
「ぶっ……」
「何が可笑しいんだよ?」
「別に…」
 お兄ちゃんってこんなにがっつく人だったっけ?前はあたしから襲ったぐらいだったのに。留学してから変わったとか?男の人から一方的に襲われるのもいいかもしれない。レディコミのヒロインになったみたいにドキドキしながらかっこいい彼に抱かれるのを待っている。
「彼女はいるのにずっとお預けだったしねえ。もう我慢の限界」
「彼女ってあたしのこと…?」
「他に誰がいるんだよ」
 怪訝そうに尋ねるお兄ちゃんを見て、あたしはよしっ!と心の中でガッツポーズをした。
「この前の続きしようぜ」
「え?」
「まさか、忘れた、なんて言わないよな?」
 ええ、忘れるわけないですとも。あんな強烈で素敵な体験、きっと死ぬまで覚えているわ。あたしだって性欲が沸いた時はあの思い出をおかずにして(以下自粛)。
「耳まで真っ赤になってる。思い出したんか?」
「う、うーん…」
 もうダメ。上半身裸のお兄ちゃんを前にして嘘はつけない。
 その逞しい身体でどうしようもなくなっているあたしを抱いて欲しい。
の望み通り、処女を奪ってやる」
 あたしの気持ちも限界に来て、何かが頭の中でぱちんと弾けた。
 お兄ちゃんに奪ってもらうために熱く火照っている。中心が濡れ始めている。
 今日こそは一つになりたい。繋がったまま、彼に気持ち良くなってもらいたい。
 
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